刑事弁護人倫理

 現代人文社から,「刑事弁護人ガイドライン」というような題名の本が出ている。日弁連刑事弁護センター委員(執行部派)が主たる執筆者である。
 どういう本かというと,「刑事弁護人の倫理」みたいなことを書いた本だ。
 例えば,「同時受任した共犯者との利害相反」とか「組織と被告人との利害相反」とか「本当は有罪みたいだけど,無罪を主張してくれと被告人からいわれたらどうするか」「お弁当の賞味期限」「『台所の床をちゃんと拭いておいてくれ。ほこりだらけだから』という伝言」というような,一言で言えば,価値と価値・義務と義務との衝突に関するカズイシュティックな問題に関する指針みたいな本だ。
 僕が日弁連刑事弁護センター委員だったころ,この本を「日弁連肝いり」で出版するかどうか議論になっていたのだが,私は,このような本を日弁連が関与して出版することに反対だった。結局,その本は,出版され,某執筆者から,「俺のサインを入れてやるから本を買ってくれ」と言われたが,断った。

 以下に説明することも,カズイシュティックな「刑事弁護人倫理」の話である。修習生向けの講壇説例かもしれないし,当職が体験した問題かもしれない。その辺はちょっといえない。

1 私選依頼を受けた被告人は,いわゆる渡世人であった。渡世の上の抜き差しならぬ問題で,ある犯罪を犯したらしく,公判請求された。

2 被告人曰く「俺は無罪だ。身に覚えがない」

3 しかし,公判提出予定証拠を検討すると「真っ黒有罪」というのが弁護人の心証。

(4 この場合,弁護人は,「無罪の弁論をすべきか」というのは,法学部生向けの初歩的な問題で,解説するまでもない。 有罪の弁論をしたら,懲戒される。)

5 弁護人の心証は真っ黒なのだが,被告人曰く「先生。俺はやっちゃいねぇ。でも,俺はこの罪を背負って,刑務所で男を上げてくるから,先生は有罪の弁論をしてくれ。」,被告人は有罪の答弁をしたが,弁護人の意見は,「しばらく留保させてほしい」とお茶を濁した。裁判長は,「被告人と良く打ち合わせて弁護人の意見を早急に明らかにしてほしい」と言われる。

 こういう極限的事例は,教則本にも出てないし,司法研修所の恩師加藤新太郎所長や先輩弁護士に相談するわけにも行かない(守秘義務の関係)

6 こういう問題に当たったら,三日三晩寝ながら考えるほかない。

7 さて答えを考えてほしい。どのような弁論をすべきか?

(結局その被告人は,やった行為に比べると,かなり安い判決をもらった。未決勾留は,ほぼ全部参入された。被告人は,それでも不満らしく,控訴して別の私選弁護人を依頼したら,またしても量刑不当で,軽い刑がもっと軽くなったらしい)。