裁判員用向け弁論要旨 ラッツィンガーvsラーナー

Barl-Karth2005-11-19

(弁論要旨メモ)

第1 はじめに(裁判のポイント)

1 裁判員及び裁判官の皆さん。この裁判で問われていることは,二つです。すなわち,被告人のカール・ラーナーさんが,「殺意をもって(他人を殺そうという意思があって)ラッツィンガーさんの腹部をめがけてミサ用のワインの瓶を突き刺した(検察官の主張)」か,それとも「腹部をめがけてワイン用の瓶を突き刺してもいないし,殺意もない(弁護人の主張)」かです。弁護人らは,この点について,「常識に従えば,検察官の主張にかなりの疑問がある。弁護人の主張は,それなりに常識にかなった判断である」と考えています。まずポイントを示します。

2 カール・ラーナーさんが「わざとお腹を刺したか」について
この点についての直接の目撃証拠は,加害者であるラーナーさんの供述と被害者であるラッツィンガーさんの供述の二つしかありません。第三者の目撃供述はないのです。この点で,状況は「密室殺人(未遂)」と同様です。
したがって,「ラーナーさんがわざとラッツィンガーさんの腹部を突き刺したのか」は,被害者と加害者の供述のどちらが正しいかを,慎重に検討しなければなりません。
特に注意しなければならないことは,「被害者と加害者とは正反対の言い分を述べることが多い」と言うことです。つまり,被害者は「自分の被害は大きく,加害者が悪質である」と言いたがります。逆に加害者は「それほど被害は大きくないし,自分の行為は悪質ではない」というように,それぞれの正反対の主張を行うことが多いのです。これは,民事訴訟では「離婚や交通事故」日常の出来事では「小学生同士の喧嘩や男女間の口げんか」などでも良くあることで,「利害が相反する当事者同士では,それぞれが正反対の主張をする」ということです。
さて,「当事者(被害者と加害者)の言い分のどちらが正しいか」を判断するポイントは,「どちらの言い分が自然で,矛盾がなく,物事の道理にかなっているか」という点です。
 私ども弁護人は,この視点から見て,加害者であるラーナーさんの言い分がラッツィンガーさんの言い分より信用できると考えています。この点も,一つ一つ理由を挙げながら説明していきたいと思います。

3 「殺意」について
人が人に対して,心の底から本気で殺意を抱くと言うことは滅多にありません。軽々しいことで人が殺意を抱くと言うことは,通常あり得ないことで,殺意を抱くというのは,よくよくの理由がなければならないのです。
検察官の主張によれば,「ラーナーさんは,自分がなかなか枢機卿になれないことで焦り,ラッツィンガーさんとの喧嘩に負け,一方的に暴力をふるわれたことの仕返しで,ラッツィンガーさんに殺意を持った」というものです。一見すると,もっともらしいストーリーですが,考えてみると少しおかしいストーリーです。確かにこのような事情があれば,ラーナーさんは,ラッツィンガーさんに怒りや憎しみを感じ,「ラッツィンガーを懲らしめよう・仕返しをしよう」と考えるのはもっともです。しかし,それで「ラッツィンガーさんを殺そう」とまで決意するでしょうか? 乱暴な言い方ですが,「たかがローマ・カトリック同士の喧嘩」です。それだけの理由で人を殺していたら,週末のローマやヴァチカンでは,殺人事件が頻繁に起こるでしょう。しかし,裁判員の皆さん! そんなニュースを聞いたことはありますか? これが私たち弁護団の「殺意に関する最大の疑問」です。その他,「被告のラーナーさんが殺意を抱いた」という検察官の主張には,たくさんの疑問がありますが,それは,後ほど詳しく述べます。

第2 ラーナーさんは,ラッツィンガーさんのお腹を目指して刺したのか?

ラッツィンガー証言の不自然さ
(1) ラッツィンガーさんの証言と検察官の主張(冒頭陳述)は,以下のとおりです。

 「ラッツィンガーさんと約50センチメートルの距離で向かい合って立った。そして,被告人ラーナーさんは,無言のまま,ミサ用ワインの瓶を右手で持って構えると,いきなり,体ごとラッツィンガーさんの右腹あたりをめがけてワインの瓶をつきだし,ラッツィンガーさんの腹を突き刺そうとした。ラッツィンガーさんは,とっさに体を左に開いて避けようとしたが,被告人が突き出したミサ用ワイン瓶は,ラッツィンガーさんの着ていたアルバを突き破り,ラッツィンガーさんの左下腹部に突き刺さった。つまり,被告人は,意図的に,ラッツィンガーさんのお腹を突き刺そうとしたのである。」

(以下続く)