Haben't you finished eating yet?

「アシュタロシナ事件」は伝聞供述の攻防戦であったが,現在,「自白の任意性」で争っている事件がある。仕掛かり中の事件なので,詳しく書けない。引用する書面も,かなりの部分を削除している。


XXXXXXXXXXXXXXX
 被告人 XXXXXXXXX
      YYYYYY
主張予定事実補充書 2
平成20年X月XX日
N地方裁判所 刑事部 御中
N違法検察庁
 担当検察官 IIIII 殿

 上記被告人らに対する頭書被告事件について,弁護人は,以下のとおり主張を補充する。
弁護人 弁護士 Barl-Karth

第1 XXXXXXXXXの通訳について
1 平成XX年X月X2日付の被告人による検察官面前調書は,XXXXXXX(以下「X」という)の通訳によって作成されている。その証拠能力について,以下のとおり主張する。
(中略)
Xは,当時N大学の大学院生であったが,博士号を取得し,母国に帰った。母国の大学教授になったはずで,現在,日本にいない。
 Xが警察の通訳人のアルバイトをしていたことは前から知っていたが,日本語は上手な方でなく,「彼が通訳人なんてやれるはずがない」とMは思っていた。
 Xは,XX州(XXXXXXX)出身で,母語は,P語である。
3 取調は,ウルドゥー語で行われた。被告人の母語は,パンジャビ語である。
パンジャビ語を話す者は,ウルドゥー語で話されたことの75〜80パーセントは分かる(ウルドゥー語を話す者のパンジャビ語理解能力も同様である)。ただし,精神を集中し相手の言うことを理解しようという気持ちでこの程度分かるというものである。
 
4(1) 弁護人は,本件調書の一部を被告人に日本語で読み聞かせたが,被告人は,全く意味を理解できなかった。
(2) 調書の内容をMによって,パンジャビ語に翻訳して朗読してもらったが,被告人は,このような内容(自白・不利益陳述)は全く述べていない,とのことであった。
5 証拠能力に関する弁護人の意見
 1被告人の母語であるパンジャビ語の通訳を経ていないこと,2通訳人の日本語能力が低いこと,3自分が述べていないことが調書に記載されていること等の事実から見て,本件取調は,「取調に際し母語による正確な通訳を受ける権利」を侵害したものであり,本件調書に証拠能力はない。

第2 XXX書の証拠能力について
1 XXX書は,いずれも通訳を経ず,専ら日本語による取調(現実には「取調」の態さえなしていない)を経て作成されたものである。
2 取調とは言っても,XX職員が一方的に話をして,「今言ったことに間違いはないか」等と被告人に聴き,被告人は職員の述べたことをほとんど理解しないまま,「適当」に返事をしたものに過ぎない。
(中略)
6 評価
(1) XXXXのような準司法手続に際して,日本語会話能力の低い対象者は,母語の通訳による取調を受ける権利を有する。XX書は被告人のこの権利を侵害したものであり,違法な捜査によって獲得されたものである。
(2) 刑事訴訟において,このような違法な捜査によって作成された調書を証拠とすることが許されないのはもちろんである。したがって,XXX書には証拠能力はない。

第3 乙号証に対する総括的評価
1 以上のとおり,被告人による供述調書は,すべて任意性がない。また,信用性がないことも,もちろんである。
母語を異にする者同士の会話は,通訳を経ないときはもちろんのこと,これを経るときでもコミュニケーションギャップは避けられず,場合によっては,自分の言いたいことの正反対の受け答えをしてしまうことがある。典型的には「はい,yes」「いいえ,no」という言葉の使用法である。これらのコミュニケーションギャップは,語学番組の寸劇やオペラの台詞などで良く取り上げられるものである。たとえば,否定疑問文Haben't you finished eating yet? (まだ食べ終わらないの?)に対して,「まだ食べている」と答える場合,日本語・イタリア語では「はい,si」と答えるが,英語・ドイツ語では「no, nein」と答える。間違えると全く反対の意味の答えになってしまう(たとえば「フィガロの結婚」第3幕における伯爵とスザンナとのデュエットなど)。

http://dme.mozarteum.at/DME/nma/nmapub_srch.php?l=1
No. 17: Crudel! perchè finora

被告人は,罪状認否の際もこのような間違いをしたらしく,傍聴席から不規則発言があった。
3 付言するに「取調の可視化」はこのような問題に対しても極めて有益であるところ,今回の取調が録音・録画されていなかったことは大変残念である。