裁判員決議案最初のバージョン(Urtext)

2008/02/18 (月) 19:33
別添した文書3通を明日会員全員に配布します(市内会員はボックス送付,市街は
郵送)。
 ここでも意見を言っていただければ幸いです。

裁判員裁判実施の延期に関する決議

決議案      

 2009(平成21)年5月28日までに実施するとされている,いわゆる裁判員裁判について,当会は,以下のとおり決議し,提言する。

1 国会は,裁判員法附則第1条(この法律は、公布の日から起算して5年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。)を改正し,数年間,同法の施行を延期すること。
国会及び政府は,同法の施行延期期間中に裁判員裁判の問題点を検討し,また,広く国民から意見を聴取し,同法の抜本的改正を図ること。抜本的改正が困難である場合は,同法を廃止すること。
2 日本弁護士連合会は,これまでの裁判員裁判実施推進の立場を改め,関係委員会により裁判員制度の問題点を検討する等して,国会及び政府に対し裁判員法の抜本的改正等を提言すること。

(提案理由       )

1 「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(平成16年5月28日法律第63号,以下「裁判員法」という)」は,2009(平成21)年5月28日までに裁判員裁判を実施するものとしている。
 裁判員裁判について,これまで日本弁護士連合会は,法務省最高裁判所とともにこれを積極的に推進する姿勢を採っていたが,その施行日が近づくにつれて,弁護士,学者,ジャーナリスト,裁判官経験者等から種々の問題点が指摘されるに至っている。これらの問題点は,裁判員制度の実施にあたって,到底見過ごしにできない,重大な問題である。
(1) 民主的基盤の欠如
裁判員制度の導入は,2001(平成13)年6月12日,政府に提出された司法制度改革審議会(以下「司法審」という)の意見書をもとに作成されたものであるが,司法審自体,民主的な人選を経て委員が任命されたとは言い難く,また,司法審における審議に際し,国民一般の声を十分にくみ取ったものと言い難い。
 また,国会における裁判員法案の審議も十分に行われたとは言い難く,国民一般の声を十分にくみ取っていないことは同様である。
 そもそも,裁判員制度裁判員に選ばれる国民に対して,重大な負担と義務とを課す制度であり,一般の法律案以上に国民の声を重視し,民主的な討議を経て,国民の納得を得て法制化されるべきなのである。
 近時の世論調査を見ても回答者の8割が「裁判員になりたくない」と答えており,この結果を見ても,民主的討議を経ないまま裁判員制度が導入されたことが明らかである。法務省最高裁日弁連裁判員制度推進のため各種キャンペーンや宣伝活動を行っているが,これにより,裁判員制度への理解・賛同が得られつつあるという情報も皆無である。
 このように,そもそも裁判員法は,民主的な討議を経ることなく制定された非民主的な法と言う他ない。非民主的な法によって「司法の民主化」を図るというのは皮肉な背理というほかない。

(2) 思想良心の自由,死刑の問題等
 裁判員は,選挙人名簿を基準としてクジで選定されるものであり,選任された者には,極めて限定された辞退事由しか認められず,裁判所への不出頭については,10万円以下の過料が課せられる。
ア 思想・良心の自由,辞退事由
国民一般の中には,「人を裁きたくない」「人を殺したくない(死刑にしたくない)」「国家権力に与したくない」等の強固な信念を有している者が少なからず存する。その信念の根拠は単純素朴なものから高度に体系化された思想信条と言えるものまで様々であるが,このような信念は,憲法上の人権規定(「思想良心の自由」「意に反する苦役を課せられない権利」)から十分に保護されるべきである。
 また,仮に上記のような思想・信条によって辞退が認められるとしても,裁判員候補者は,自己の思想や信条などセンシティブな情報を公権力に説明しなければならない。これもまた,思想・信条の自由,プライバシー権にかかわる重大な問題である。
イ 死刑の問題
 特に,「死刑」の問題は,深刻である。裁判員裁判は「死刑を含む重大事件」が適用対象とされており,国民(裁判員)に対して「死刑か無罪か」,「死刑か無期か」という極めて過酷な決断を迫る場面も少なくないものと予想される。一般人の平均的な感情を基準とすれば,死刑廃止論者はもちろん死刑存置論者にとっても「死刑判決にかかわること」は極めて残酷な精神的負担であり,裁判員に「一生癒えない心の傷」を与えることになりかねない。
ウ 生涯にわたる守秘義務
 このような過酷な負担を一般国民に課するにもかかわらず,裁判員は一生涯にわたる守秘義務を負い,これに違反した場合,懲役刑が課せられる。
 人は,自己の精神的負担や懊悩を他者に話すことによって重荷を分かち合い,癒されていくものである。ところが「一生言えない心の秘密」を負ったまま,裁判員経験者はその後の人生を生きていかなくてはならない。
 のみならず,「裁判員守秘義務」は裁判員の正当化根拠(司法の民主化)に真っ向から反するものである。民主主義は,公権力に対する自由な批判,その前提として公権力にかかわる情報の開示・流通が不可欠である。裁判員に対し守秘義務を課すことは,司法という権力作用に対する情報の開示・流通を塞ぐことに他ならず,裁判批評等を封ずることになり,「民主化」との理念と真っ向から矛盾し,憲法21条に違反する疑いが強い。

(3) 誤判や冤罪の危険,重罰化の懸念
各地で行われている模擬裁判において,同一の事件を素材としているのに,有罪・無罪で結論が分かれたり,量刑の軽重に大きな開きが生じたりしていることが報道されている。
ア 誤判・冤罪の危険性
誤判・冤罪の危険性は,職業裁判官による裁判においても古くから指摘されており,現実に誤判・冤罪は,深刻な問題である。その原因として,「自白の強要」「調書裁判」「代用監獄」「人質司法」「官僚司法」などの前近代的な刑事手続が挙げられる。これらの冤罪の土壌を是正することなくして裁判員制度を導入しても,誤判・冤罪,被疑者・被告人に対する人権侵害が少なくなるとは思われない。
 誤判・冤罪を防止する裁判員制度を実現するためには,これらの野蛮な手続運用を廃絶するしか方法がないのである。この見地から,日弁連は従前から,「人質司法打破」「代用監獄廃止」「法曹一元」に取り組んできたところであり,近時は,取調の全面的可視化を提言しているところであるが,裁判員裁判実施の日までにこれらの問題が改善される可能性は少ないと思われる。
イ 重罰化の懸念
最近顕著に見られる量刑の重罰化傾向,これを是認するようなマスメディアの論調,行き過ぎとも思われる犯罪被害者保護立法を考えると,裁判員制度の導入により,この傾向がより助長される懸念がある。
(4) 被告人の選択権
 裁判員制度には,種々の問題点が指摘されており,裁判員裁判で裁かれたくないという思いの被告人も発生すると思われる。英米法等において陪審裁判の辞退権が認められている点を考えても,裁判員裁判を受けるか否かについては,被告人に選択権を認めるべきである。
(5) その他の問題点
その他裁判員制度については,?いたずらな迅速化の強調,?「裁判所による裁判,裁判官の独立性」等をめぐる憲法上の疑義,?多数決による判断の適否,?いわゆる部分判決制度,?事件報道の規制,?控訴審における裁判官のみによる裁判の是非等枚挙にいとまのない問題がある。
2 結論
 もとより司法の民主化・国民の裁判参加は,それ自体正しい理念であり,あるべき方向であろう。我々はその実現を目指すべきである。
 しかし,来年5月から実施するとされている裁判員裁判には,上記に見たとおり,重大な欠陥が多数あるといわざるを得ない。これらを抜本的に是正しないまま,その実施を強行することは,国民(将来の裁判員,被告人)を犠牲とし,人体実験を行うに等しい暴挙ともいえよう。
 そこで,当新潟県弁護士会は,以下のとおり決議し,関係方面に提言する。
(1) 国会は,裁判員法附則第1条(この法律は、公布の日から起算して5年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。)を改正し,数年間,同法の施行を延期すること。
国会及び政府は,同法の施行延期期間中に裁判員裁判の問題点を検討し,また,広く国民から意見を聴取し,同法の抜本的改正を図ること。抜本的改正が困難である場合は,同法を廃止すること。
(2) 日本弁護士連合会は,これまでの裁判員裁判実施推進の立場を改め,関係委員会により裁判員制度の問題点を検討する等して,国会及び政府に対し裁判員法の抜本的改正等を提言すること。
2008年2月29日
新潟県弁護士会