可視化??

 捜査の全面的(全過程・全事件)可視化は日弁連全体で,取り組んでいる運動である。当職も日弁連可視化実現本部の委員だ。
 先日当新潟県弁護士会メンバー20名近くが,「可視化うちわ」を配り,署名集めをしていた。昼食でお出かけの際,遠くでそれを発見したので,会長から,「お前も署名集め手伝え」といわれると嫌なので近寄らないでおいた(高野会長すいません)。

 可視化について正面から反対するのは,運動に水を差すだけなので,控えているのだが,どうも私は今ひとつ乗り気でない(「可視化反対」とはいえないが,「可視化運動への疑問」は大いにある)。色々理由があるのだが,原理的な面でいうと,「取調受忍義務」の問題だ。
 刑訴法を勉強した人ならお分かりだろうが,身柄を拘束された被疑者に取調受忍義務があるかどうかは争点となっている。「取調受忍義務はない。」との説を最初に述べたのは,平野龍一先生である。おそらく,刑訴法上の多数説であり,日弁連・弁護士の通説も「取調受忍義務なし」だろう。
 「取調の可視化運動」は,「取調受忍義務なし」という正しい・原理的な見解を曖昧にするものではないか?

 「取調の可視化」の実施主体は,あくまで捜査側(警察・検察)である。捜査側にやる気がなければ,実現は困難である(「可視化してない自白調書は任意性なし」と日弁連関係委員は主張しているが、そのような主張がとおるかどうかは、何とも不透明)。反面,取調不受忍(取調拒否)の実施主体は,被疑者であり,弁護人である。どちらが簡単か? 言うまでもないだろう。要するに居房からでなければよいのだ。録音・録画設備も必要ないし,膨大な時間のかかる録画物の点検(全面的可視化を実施すれば弁護人は過労死する)も必要ない。

 こういうことを言うと,「取調拒否には現実性がない」という反論があるだろう。そうだろうか? 居房から取調室への移動を拒否したら,どうなるか? 担当刑事が被疑者を物理的実力(要するに暴力)で移動させるのは容易なことではない。
 そもそも,公務員が被疑者に実力(暴力)を加えることが許されるのは,逮捕・勾留令状執行(逮捕・監禁構成要件該当行為),指紋押捺,強制採尿,代監から逃走しようとする被疑者を捕縛するくらいのもので,原則として令状が必要であるし(強制捜査令状主義),法令上の根拠が必要である(強制捜査法定主義)。「取調令状」なんてものはないし,取調を強制する法令上の根拠もない(争いはあるが,仮に「取調受忍義務」があるとしても,そのことから,「取調室へ移動させるために実力行使が許される」とは全くいえない)。

 実際,10年以上前,取調を拒否し居房から移動しなかった被疑者を弁護したことがある(私がこのようにアドバイスしたわけではない。被疑者は過激派でも何でもない普通の人−ただしちょっと変わった人であった−)。
 捜査官は,鉄格子越し-実際の「代監」は「鉄格子」ではなく鉄製で出来た網戸みたいなものらしい。捜査官の実力行使に対抗する為には「金隠し」に捕まるしかないとのこと。経験者談)の向こうから説得・懇請しただけで,実力行使には及ばなかったそうだ。

 繰り返すが,「全面的可視化」よりも「取調拒否」の方が実現は容易だし,刑訴法の原理にかなっているはずだ。
 なぜ,日弁連が「取調拒否」を言わず,「可視化」ばかり言うのか? 私には理解できない。そもそも「裁判員」と「可視化」はセットになっている面があり,私としてはどうもおもしろくないのだ。大分県弁護士会のように「全面的可視化がなければ裁判員はボイコット」というのなら,話は分かるが「裁判員」「可視化」に熱心な人は「全面的可視化と裁判員実施とは一応別問題」などと腰が引けていて,ますます面白くない。
 可視化フィーバーに関しては,言いたいことが結構あるので,また書く。「裁判員延期」はきわめて多くの人の賛同を得たのだが,「可視化への疑問」はちょっと賛同を得にくいかもしれない。