水俣病「救済」特措法について

 本日,水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法(以下「水俣病「救済」法」と言う)が成立した。当職も多数のメディアからコメントを求められているので,改めて所感を記す。
           新潟水俣病第3次訴訟弁護団長 弁護士 高島 章

1 なぜこの時期に?

http://www.asahi.com/politics/update/0627/TKY200906260366.html
水俣病法案、今国会中の合意急ぐ 自民・民主
自民、民主両党の政調会長国会対策委員長による水俣病未認定患者救済法案の修正協議の初会合が26日にあり、今国会中に合意を図る方針を確認した。救済内容はまだ固まっていないが、今国会中に衆院解散がありうるとの認識から、7月上旬をめどに協議の詰めを急ぐことになった。

 自民と民主との協議から2週間も経たないうちに,法案が成立しているのである。もちろん,水俣病問題の解決は先送りにはできない。しかし,今国会中に成立させるほどの切迫性もない。政局や選挙に影響を及ぼすような問題でもない。「法案成立を急げ」というような陳情や請願があったわけでもなかろう(未確認情報だが,九州の某団体が要請行動を行ったという情報もある)。
 結局,民主党は,自己が政権を取った後に水俣病解決の責任を取ることを放棄し,自民党政権下で水俣病問題「幕引き」を図った。かねてから「与党PT案」を提示していた自民党民主党に同調し,慌ただしく法案を可決成立させたというのが真相と理解するほかない。
 民主党には裏切られたという感想を持つほかない。
 現に当職は,民主党参議院議員松野信夫氏(水俣病対策作業チーム座長)から電話を受け(秘書)「民主党新潟視察団と新潟水俣病患者・被害者との意見交換会 ご案内(岡崎トミ子末松義規・松野信夫)」を受け取っている。(本年5月7日に意見交換会が開かれた)。
 民主党から送られた資料には,与党案・民主党案の対比表もあり「救済条件」として「与党案 認定申請取下げ,放棄 訴訟の取下げ放棄 民主党案 なし(公健法,提訴権も存続)」「原因企業への措置」について「与党案 財政支援と分社化 民主党案 なし」との記載があった。
 このたびの自民・民主協議による民主党案の修正(松野座長は,外されたらしい)に関しては,患者団体から一片の意見の聴取もなく行われたものであり,公約違反と評してもよい。


2 同じ過ちを3度くりかえすのか?
 水俣「救済」法において,一時金の額は明示されていないが,260万円(村山政治決着の際の額)を上回ることはないだろう。そして「救済」法は,

 2 前項の方針には、次に掲げる事項を定めるものとする。
 一 既に水俣病に係る補償又は救済を受けた者及び補償法第四条第二項の認定の申請、訴訟の提起その他の救済措置以外の手段により水俣病に係る損害のてん補等を受けることを希望している者を救済措置の対象としない旨

 と定めている。

 いわゆる「救済」法は,いわゆるチッソによる見舞金契約(1959年12月30日)と何ら替わるものでない。
 いわゆる見舞金契約は,死者30万円,葬祭料2万円,生存患者年金成人10万円,未成年3万,成人に達した時5万など定めたものであり,「今後原因が工場排水とわかっても追加補償しない」という条項を含んだものであった。
 当時の物価水準(自賠責死亡時保険金は30万円)を考えると,「救済」法による一時金は,上記の見舞金とそれほど違わないものと思われる(あるいは,「見舞金」の方が高いかもしれない)。    
 チッソは,当時の水俣病問題の幕引きを図って,見舞金契約を締結した。実際,その後の御用学者の「活躍」もあり1960年には,「水俣病はマスコミのなかでも次第に過去の問題になっていった。」http://www2u.biglobe.ne.jp/~akiyama/no22.htm
 熊本における水俣病訴訟提起の遅れ(新潟第1次訴訟の方が早い)の原因もこの「見舞金契約」にあった。
 結局,熊本第1次訴訟において,「見舞金契約」は公序良俗に反し無効と判断された。

 これらの事情を考えると,上記の「提訴放棄」の条文は憲法違反,これに基づく個別補償協定は,公序良俗違反と見るべきである。しかも,このたびの「救済」法は見舞金契約・村山政治決着と異なり,法律をもって「提訴権放棄,訴訟取下げ」を規定しているのである。その悪質性は,見舞金契約やいわゆる新補償協定(村山内閣決着)以上である。
 この点は,松野信夫議員も同様の指摘をしている。

http://mainichi.jp/area/kumamoto/news/20090708ddlk43040571000c.html

民主党の松野信夫参院議員は、法案が水俣病裁判を起こしている原告や認定申請中の患者を救済対象から外していることを「裁判を受ける権利を侵害し、違憲の疑いもある」などと強く批判した。また「3年以内に救済対象者を確定する」としている点を「認定審査会は破たん状態にある。認定申請を棄却された後で今回の救済に手を挙げようとしても(3年を過ぎていて)救済されないのでは」と疑問を投げかけた。

 法案提出者の1人として出席した自民党園田博之衆院議員は「認定申請を棄却され、救済策が終わっていたとしても、裁判(で救済を求める道は)は残っている」と話し「裁判の権利を侵害する」との見方を否定した。

 1995(平成7)年,村山内閣におけるいわゆる政治決着(260万円)も同様であった。協定書には以下の条項がある。

4.紛争の終結
 一時金を受領する者(原告又は非原告を問わない),被害者及び共闘会議並びにそれらの構成員は,一時金を受領するに当たり,下記(注)により,紛争を解決させるとともに,今後損害賠償を求める訴訟及び自主交渉並びに公健法による認定を求める活動を行わないものとする。
(注)
1 昭和電工への損害賠償請求訴訟:仮執行金を返還して和解又は訴訟の取下げ
2 昭和電工に保守を求める自主交渉:本協定の締結
3 公健法の認定に関する認定申請,行政不服審査請求及び行政訴訟:申請等の取下げ
4 国家賠償請求訴訟:請求の放棄又は訴訟の取下げ

 二次訴訟の弁護団(実は,私自身,弁護団員である)と見解を異にするかもしれないが,私は,このような協定は,公序良俗に反しており,一時金を受け取った者の提訴は可能であると考えている。
 村山政治決着をなぜ受け入れざるを得なかったのか,これに反し,このたびの「救済」法を受け入れられないかは,既に示唆しているが,改めて,説明する。

(以下,続く)