特別抗告第2弾(裁判員)

 先に申し立てた特別抗告は,「裁判が存在しない」という決定で,いわば門前払いであった。このたびは,間違いなく裁判(裁判長による期日指定-命令-と,裁判所による異議棄却決定)が存在しているので,何らかの実体判断があると思われる。

被告人 XXXXX
平成22年5月28日
最高裁判所 御中
特別抗告申立書
弁護人 弁護士 障氈i高)島章

 被告人に対する強制わいせつ致傷事件について,平成22年5月25日新潟地方裁判所刑事部裁判長裁判官山田敏彦がした「本件について,公判期日を平成22年7月20日午後3時,同21日午前9時40分,同22日午前10時と各指定する」旨の裁判(以下これを「原審期日指定」という)並びに,同裁判長の期日指定に対する弁護人の異議に対する新潟地方裁判所がした棄却決定(以下「原決定」という)は,いずれも不服につき,特別抗告を申し立てる。

申立の趣旨

1 最高裁判所に対し,原決定および原審期日指定を取り消すとの裁判を求める。
2 新潟地方裁判所に対し,「本件抗告について最高裁判所の裁判があるまで原審期日指定の執行を停止する」との決定を求める。
最高裁判所に対し,「本件抗告について当庁の裁判があるまで原審期日指定の執行を停止する」との決定を求める。

申立の理由

第1 原審期日指定および原審決定について
1 平成22年5月25日午後1時30分から,本件に関する第2回公判前整理手続が,新潟地方裁判所において実施された。
(1) 同手続において,山田敏彦裁判長は,刑事訴訟法273条1項に基づき,上記したとおり公判期日の指定をした。
(2) 原審期日指定に対し,当弁護人は,刑事訴訟法309条2項に基づき,異議を申し立てた。異議の理由は法令違反であり,その要旨は,「裁判長の指定にかかる公判期日は,裁判員裁判の公判期日であるが,裁判員制度は,憲法80条1項,同37条1項,同32条等に違反するものであり,同期日指定は同じく憲法に違反する」というものである。
なお,裁判長は,期日指定に先立ち,裁判員法第26条(呼び出すべき裁判員候補者の選定)の決定を行い,また,手続終了後,裁判所職員により,候補者のくじによる選定が行われているのであり,裁判長の決定は,本件を裁判員裁判の公判で審理することが当然の前提とされたものである。
第2 裁判員制度違憲
 原決定および原審期日指定は下記に述べる憲法各条項に違反する。
憲法80条1項違反
 裁判員法の定める裁判員制度は,一般国民に裁判官の権限を持たせて裁判に参加させる参審制の一種であるが,憲法には第6章「司法」その他に参審制についての規定が全くなく(陪審制についても同様)裁判官の任命方法,任期,身分保障等について専門の裁判官のみを予定しているところから,憲法は参審制すなわち裁判員制度を容認するものではないと解するのが相当である。
 特に,裁判員法によれば,裁判員(補充裁判員を含む。以下同様)はくじで選ばれた裁判員候補者を母体として,その中から具体的な事件ごとに,くじその他の方法により選任されるが,裁判官とともに裁判に関与し,評議においては裁判官と同等の評決権を有するとされているから,裁判員は,実質的には裁判官に他ならない。このことは,憲法80条1項の「下級裁判所の裁判官は最高裁判所の指名したものの名簿によって内閣でこれを任命する」との規定に明白に違反する。
憲法37条1項違反
(1) 公平な裁判所違反
 裁判員は,その氏名も住所も公表されず,判決に署名もせず,判断に全く責任を問われることのない者であり,しかも裁判外の情報により判断を左右する裁判員がいることは避けられず,このような者が参加した裁判所は,「憲法37条1項が被告人に保障する「公平な裁判所」と言うことはできない。
(2) 迅速な裁判違反
ア 本件強制わいせつ致傷事件について,公判請求されたのは,平成21年9月16日である。しかるに,本件の期日は,上記のとおりである。本件は,事実関係に争いのない事案であるのに,被告人に対する未決勾留は,第1審判決(平成21年7月23日の予定)に至るまで10ヶ月以上を要することとなる。これは,文字どおり,「迅速な裁判違反」と言うほかない。
イ このような憲法違反は,本件被告人のみならず,新潟地方裁判所に公判請求された被告人全部にいえる事態である。本日現在,新潟地裁には,18件の裁判員対象事件が公判請求されており,うち7件は昨年度に公判請求されたものである。ところが,同裁判所において,判決言い渡しに至ったものは2件のみ,公判期日の正式な指定に至ったものは7件のみである。
ウ そればかりではない。上記したような迅速な裁判に違反する現象は,本件被告人・新潟地裁係属事件だけでなく,日本全国に及んでいるのである。
 最高裁刑事局の統計によれば,平成21年末までに起訴された裁判員裁判対象事件1154件のうち,既済は142件であった(平成21年11月末までに終局した対象事件82件については,受理から終局までの平均審理期間が136日,上記時点での未済事件のうち公判期日が指定済みの232件については,受理から終局予定日まで平均190日くらいとのことであった)。年末時点で既に1,000件以上が未済という状況である。
エ このような状態では,裁判員裁判対象の係属事件は,滞留に滞留を重ね,ついに破産状態に至ることは火を見るより明らかである。
この点については,外ならぬ竹崎最高裁判所長官も記者会見において,憂慮の念を示しているところである。
憲法76条3項違反
 評議に関する裁判員法67条によれば,裁判官3人の意見又は裁判官2人(裁判官3人の中の過半数)の意見よりも,裁判員らの意見が多数のゆえで優越する場合がある。例えば,裁判官3人が有罪の意見であっても,裁判員5人が無罪の意見であれば結論は無罪となり,裁判官2人が無罪の意見であっても裁判官1人裁判員4人が有罪の意見であれば,結論は有罪となる。これは,裁判官が裁判員の意見に拘束されることを意味し,憲法76条3項の「すべて裁判官は,その良心に従ひ,この憲法及び法律にのみ拘束される」との規定に明白に違反する(この規定にいう「法律」には,違憲のものが含まれないことは当然である)。
憲法32条違反
 憲法32条は,「何人も,裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」と規定する。この規定に言う「何人も」のなかには刑事被告人も含まれるが,ここに言う「裁判所」とは,憲法第6章「司法」その他の規定に適合したものを意味することは当然である。ところが,裁判員法の定める裁判員の参加した裁判所は,以上に述べたように憲法に違反するものであり,しかも,裁判員法上,被告人はこのような裁判所の裁判を拒否し,裁判官だけによる裁判を求めることはできないから,裁判員法は,憲法32条の保障を侵害するものという他ない。
裁判員候補者及び裁判員等の基本的人権の侵害
 国民は,基本的人権として自由権,苦役に服させられない権利,思想及び良心の自由,信教の自由,財産権の不可侵等が保障されている。裁判員法は,裁判に参加したくない者を含めて国民に裁判参加を義務づけているものであり,この点も違憲という他ない。この点については,【疎明資料】(新潟県弁護士会裁判員裁判実施の延期に関する決議」を援用する。
6 検察官意見書に対する反論
当弁護人は,既に原審において,本抗告と同旨の意見書を提出している。検察官はこれに対する反論の意見書を提出しているが,失当である。この点については,【疎明資料】(西野喜一新潟法科大学院教授からのファクシミリ連絡)および同教授の論文を援用する。
7 結論
 以上から,裁判員法は,その全部が憲法違反であるから,本件を裁判員によって審理することは相当ではない。よって,本件を裁判員の公判廷で審理することを前提とした期日指定,並びに期日指定に対する異議を棄却した原審決定は,違憲・違法であり,これらはいずれも取り消されるべきである。
第3 執行停止の必要性について
 以上縷言したとおり,本件については,裁判員による公判手続が開始された後は,到底取り返しがつかない事態となる。したがって,そのような事態を避けるべく,原審及び最高裁判所に対して,原審決定の執行停止を求めるものである。
第4 特別抗告の適法性について
1 原決定および原審期日指定は,「裁判所の訴訟手続に関し判決前にした決定」であり「特に即時抗告をすることができる旨の規定」がない(刑事訴訟法420条1項)。
2(1) 被告人にとって,これらの憲法問題を裁判所に提起し得ること,また,本案裁判が開始される前(裁判員による公判廷の開始前)に争い得ることが必要である。
(2) 本案裁判の始まる前に被告人の不服申立が認められるべき事例としては,刑訴法第22条等がある。
(3) 原審期日指定および原審決定は,「裁判員裁判は,合憲である」旨の裁判所の心証を先取りするものである。そのような心証を有している裁判所(職業裁判官)に対して,本案審理において弁護人が,「裁判員制度違憲である」旨弁論しても,本案判決においてその主張が受け入れられないことは火を見るより明らかであり,したがって,「裁判員法廷」における審理・判決は,是非とも避けるべきものであり,裁判員による本案審理が開始される前に,上訴審における救済・是正の必要がある。
(4) 以上のとおり,裁判員裁判違憲であるか否かは,裁判員裁判における終局裁判およびこれに対する上訴で判断すれば足りるものではない。
したがって,本件は,終局裁判やそれに対する上訴によっては効果的な救済を得ることができないことは明らかであり,最高裁判所による即時の介入が必要であり,このような場合には,例外的に特別抗告が許されるべきである。

疎明資料

1 西野喜一教授からのファックス連絡文書
2 週刊法律新聞 西野喜一教授執筆「司法府の岐路(上・中・下)」
新潟県弁護士会裁判員裁判実施の延期に関する決議」
4 裁判員制度批判補遺(4) (新潟大学「法制理論」第42巻第3・4号)