会報原稿 模擬裁判

Barl-Karth2005-12-15

模擬裁判を終えて
1 両弁護人と執行部のバックアップへの感謝
某会員(刑弁委員)から電話でスケジュールを聴かれ,たまたま空いていたので,弁護人役を受けたのだが,これほどの大事になるとは思っても見なかった。もちろん,良い経験になったし勉強にもなったので感謝はしている。模擬裁判の成り行きは,おそらく外の会員が執筆されると思うので,私としては,裁判員裁判の戦術等を述べることとする。主任弁護人をバックアップしてくださったT・M弁護人,パワーポイントの作成でご助力いただいたK会員,いろいろな無理難題を処理していただいたK副会長に感謝します。

2 「異議だし」「異議への対処」・口頭弁論主義
民事でも刑事でも難しい問題が生じた場合,口頭で意見の概要を述べた上,「詳しくは次回期日までに書面で」ということでその場をしのげるのだが,集中審理を旨とする裁判員裁判では,これは許されない。例えば,証拠排除申請(伝聞供述等)は「直ちに」異議を述べ,その場で,検察官と応酬し,論破・粉砕し,「直ちにimmediately」「証拠排除決定」を得なければならない。少なくとも,求釈明で立証趣旨を「固める」ことは不可欠である。
 判例上,証拠排除申請は,尋問終了時までに行えば責問権放棄にならない(また,実務上,排除申請に対する決定は,審理の終局段階で行われることも多い)。しかし,裁判員裁判の下では,「直ちに申請」・「直ちに決定」がなされなければ,裁判員が証拠能力のない証拠の影響を受けることになってしまう可能性がある。だから,「速やかに」とか「遅滞なく」などというのんびりした話は通用しない。「直ちに!immediately」である。
 (本来なら,伝聞供述を求める尋問に対して,直ちに異議を述べ,質問を封殺する必要があるが,老獪な検察官の場合,証人から上手に伝聞供述を引き出してくる。この場合は,証拠排除申請の「異議」を出さざるを得ない)。
 検察官の「異議」に対する対応も同様である。即座に口頭で反論し,論破・粉砕しなければならない(最低限,検察官を煙に巻きその頭を混乱させ,再反論を封じる必要がある)。

3 「3」を実践するための条件・訓練・心得等が問題となろう。
(1) 条件
 刑事訴訟法・規則(関係判例)中,最低限「証拠法」は徹底的に理解・暗記し,実戦上の武器として有効に活用されなければならない。
 プロの声楽家は,初見でイタリア語やラテン語の歌詞を暗記し,(楽譜を渡されたら)直ちに楽譜どおりに歌える。プロの牧師や神父は,約2000頁の聖書をヘブライ語ギリシア語・日本語で暗記していて,状況に応じて即座に聖書の○○章○○節を引用する。およそ「プロ」と呼ばれている者,「先生」と呼ばれている者は,そのような能力が求められるのである。刑事弁護人も同様である(筈である)。

(2) 訓練
 どうすれば(1)の条件をクリアできるのか? 弁護士は,司法試験に合格しているわけだし,年に数件は刑事弁護をやっているはずだから,後は訓練次第だろう。面倒そうな否認事件や外国人の刑事事件を積極的に受任し,腕を磨くことは不可欠であろう。
 「厚かましさ」・「冷静さ」・「毛が生えた心臓」・「難しい理屈をその場で思いついて意見を述べ関係者を煙に巻くテクニック」等々も必要だろう。
 私自身のことを言えば,司法試験の口述試験に一回落っこちてしまったので,その種の訓練は一年間やってきた。弁護士になって最初の本格的な反対尋問は,海千山千の詐欺師を相手としたものであった。力業で詐欺師の首を締め上げ,反対尋問の成果が勝訴の一因となった(反対尋問のためのレジュメは徹夜で作った)。私の弁護士時代の師匠のW先生は,「反対尋問であまりつっこんではいけない」と常々指導されていたが,ポイントは,どこまでつっこんで,どこで抜くかということだろう(これはシモネタではないことを念のため付記する)。
(3) 心得
ア 下を向いてメモを取ってはならない。尋問のやりとりは,タッチタイピングでパソコンに入力すべきである。証人の視線の移ろい・顔面の緊張,検察官の一瞬動揺した表情,裁判官とのアイコンタクト等々がきわめて重要な情報となるわけで,下を向いていたら,貴重な情報を逃してしまう。
イ 反対尋問用レジュメは,やはり作らないといけない。しかし,反対尋問に際しては,レジュメに目を落としてはいけない。そのような一瞬の間合い,テンポやリズムのブレで敵性証人や検察官に体制立て直しのチャンスを与えてしまう。(レジュメを頭の中に叩き込み,シミュレーションしておくこと)
ウ 刑事法の学力とか緻密な論理的思考力は最低限必要だが,勝負所は,案外そういうところで決まるように思える。瞬発力,テンションの維持,漫才のボケと突っ込みとか,オペラでの見事な間合い・掛け合いとか,敵方のミスに乗じ株式投資デイトレーディング)であくどく儲けるとか(ジェイコム),そういった司法試験でも司法研修所でも習わないような特殊能力を身につける必要が,裁判員制度における弁護人の能力として求められる。
裁判員裁判は,本当に可能なのか?
(1) 人材の確保
 憲法37条3項 刑事被告人は,いかなる場合にも,資格を有する弁護人を依頼することができる。
 「資格を有する」・・・原文の英語憲法はcompetent (有能な,申し分のない, 十分な)である。
 裁判員裁判が始まる平成21年にcompetentな弁護人は,生き残っているだろうか? 著しく簡単になった(合格枠9000人?)司法試験合格者がそのような能力を身につけられるだろうか? 身につけようという意欲を持って日夜研鑽を怠らないだろうか? おそらく裁判員裁判を担う弁護人の過半数は,「LSC・法テラス(法務省監督)」に雇用された弁護人だろうと思う。そういう人たちに依頼者サービスができるのだろうか? こういう話ばかり書いていると気分が暗くなるし,また筆禍事件を起こしてしまうかも知れないので,以下省略。
(2) 後出し証拠申請の禁止
民事でも刑事でも隠し球を「後出し証拠」として使う戦術がある。人口に膾炙している名尋問はリンカーンの尋問である(以下,高岡法科大学法学部教授二羽和彦の論文から引用)。
検察官 − あなたは、ロックウッド氏と被告人(グレイソン)を知っていますか?
ソーヴィン − よく知っています。
検察官 − それでは、あなたが今月(8月)の9日午後10時に、この2人を見たときのことを話してください。
ソーヴィン − その晩、わたしはロックウッド氏さんと一緒にいたのですが、ロックウッドさんと別れた直後に、このグレイソンがロックウッドさんめがけて銃弾を発射したんです。この男は、ロックウッドさんを撃った後、すぐにそこから走り去りました。自分がロックウッド氏にかけより、抱き起こしたときには、すでに息絶えていたのです。
検察官 − ソーヴィンさん、ありかとうございます。以上で、主尋問を終わります。

 もうグレイソンの有罪は確定的だ。誰もがそう思った。そのときである。若く背の高い弁護士(リンカーン)がやおら立ち上がり、証人をじっと見つめ、反対尋問を始めた。
 
リンカーン − それでは、私の方から質問します。いいですか、ソーヴィンさん。
 つまり、あなたは、その直前までロックウッドさんと一緒にいて、それで撃たれるところを見たとおっしゃるのですね?
ソーヴィン − そうです。
リンカーン − あなたは、2人のすぐ近くに立っていたんですね?
ソーヴィン − いいえ、2人からは20フィート(約6メートル)ほど離れていました。
リンカーン − 10フィート(約3メートル)だったんじゃありませんか?
ソーヴィン − いや、20フィートか、あるいはそれ以上離れていました。
リンカーン − 殺人現場は、広々とした野原ですか?
ソーヴィン − いいえ、林のなかです。
リンカーン − 何の木の林ですか?
ソーヴィン − ブナの林です。
リンカーン − 8月なら、ブナの木の葉っぱは、かなり茂っていましたよね?
ソーヴィン − かなり。
リンカーン − ところで、このピストルが殺人に使われたものだと思われるんですね?
ソーヴィン そうです。
リンカーン 被告人が撃つところが見えたというですね。銃身をどんなふうにかまえていたか、なんてことすべてが・・・?
ソーヴィン そうです。
リンカーン 殺人現場は、集会場の近くですか?
ソーヴィン 4分の3マイル(約1.2キロメートル)離れたところです。
リンカーン どこかに、あかりは点いていましたか?
ソーヴィン 集会場の牧師席の脇に点いていました。
リンカーン 4分の3マイル離れたところに?
ソーヴィン そうです! 前に言ったじゃないですか。
リンカーン ところで、あなたは、その現場で、ロックウッドさんか被告人かが、火の点った蝋燭を持っているのを見ませんでしたか?
ソーヴィン いいえ! なんでまた蝋燭の火が要るんですか。
リンカーン では、どうして狙撃のようすが見えたんです?
ソーヴィン 月明かりで、です!
リンカーン 夜の10時だというのに狙撃のようすが見えたというんですね。それも、あかりの点っている場所から4分の3マイル離れたブナの林のなかで見たんですね。ピストルの銃身も見えたんですね。被告人が発射するところも。月明かりだけで、全部見えたんですか?集会場のあかりが点っているところから4分の3マイル離れていて、見えたんですか?
ソーヴィン そうです! 前にも言ったでしょ。

人々は興奮していた。2人の言葉を一言一句聞き漏らすまいと、傍聴席から身を乗り出していたのである。すると、リンカーン上着のポケットから青い表紙の暦を取り出し、おもむろにあるぺージを開き、証拠とするよう求めて、陪審と裁判官にこれを示した。そして、その1ページのある箇所をゆっくりと読み上げた。
 
リンカーン 8月9日の夜に、月は見られず。翌日午前1時に、月は昇る。

リンカーンは、畳みかけて、力強く言った。
 
リンカーン ソーヴィンさん! あなた、自分にかかる嫌疑を振り払うために、無関係の人を犯人に仕立てようと、偽証してるんでしょ! 真犯人はあなたですよ。裁判官、この男の逮捕を要求します。

(3) 裁判員の負担
 このたびの模擬裁判の争点は,「殺意」に集約された。被告人も一人であった。だから,2−3日程度の時間があれば,判決が書ける事案ではあったと思う。しかし,実際の裁判は,「自白の任意性」・「相反供述の特信性」が争点となったり,「追起訴数回」・「被告人多数」という事案も多いと思われる(溺死体・焼死体等の変死体の写真も見ないといけない)。そういう事件を2−3日で処理することは絶対にできないであろう。たぶん,少なくとも2−3週間はかかる。そのような過酷な日程を国民に強いる「裁判員裁判」が国民の人権(例えば営業の自由・幸福追求権)を侵害しないのか,常々疑問に思っている。私の妻(ピアノ教師)は「絶対に裁判員にだけはなりたくない。もしなったら,適当な意見を言って早く帰る。」「幼児殺人罪裁判員になったら絶対に死刑を言い渡す。」と申している。そういう人が裁判員になると困ると思うのだが。