「フィガロの結婚」に関するオタク的考察

先日,当地に於いて「フィガロの結婚(以下「フィガロ」という)」が上演された(プラハ国立歌劇場)。記憶をたどってみると,ホールでフィガロを見物したのは2回目であった。DVDやCDは結構持っているのだが・・・。
リハーサルを特別に見学させてもらった(4幕フィナーレの11重唱や合唱など)。衣装を付けないでのリハーサルであったが,東欧女性はソプラノでもアルトでもズボンを日常着にしている人が多いように思われる(ジーパンの女性も数名いた)。アルトにありがちな肥満体のおばさんは一人だけで(マルチェリーナ役),外は,モデルも出来そうなプロポーションの女性ばかりであった。特にスザンナ役は声もお顔も美しかった。
身長が190センチくらいで頭が禿げていて,とても良い声で会話をしている人がいたので,「この人が伯爵かフィガロうだろう」と思ったら,指揮者だった。たぶん声楽家出身の指揮者なのだろう。

フィガロの粗筋(骨子)は,簡単に説明できるのだが−要するにフィガロとスザンナとが数々の障害を乗り越えて結婚する話−,そこにいたるまでの細かな筋は,説明するのが非常に困難である。全部を説明するとA4版の書面で20頁くらいになるであろう。
台本(ボーマルシェ原作,ロレンツォ・ダ・ポンテオペラ用改作)でどうしても合理的な説明が出来ない点が1カ所ある。
モーツアルティアンにおいては,おなじみの第2幕「伯爵の間」での場面である。以下,説明する。

1 「伯爵の間」において,伯爵夫人(推定30後半−40代)・スザンナ(推定20代前半)・ケルビーノ(男性 推定16−18歳)が舞台に立っている。入りくんだ事情があって(今ひとつその事情は飲み込めないのだが,それはさて置く),ケルビーノを女装させることになる。伯爵(推定40代)に見つかると不味いので,出入り口のドアに(伯爵の間から)鍵を掛ける。

2 折悪しく伯爵が狩りから帰ってきて,自室に入ろうとする。ところが,ドアに鍵が掛かっている。伯爵は,室内にいる伯爵夫人に向かって,ドア越しに「ドアを開けろ。男でもつれ込んでいるのか?」と息巻く。慌てた伯爵夫人とスザンナは,ケルビーノを衣装部屋にかくまう。衣装部屋と伯爵の間とは隣接しており,ドアで隔てられている。衣装部屋に鍵を掛けると伯爵の間から衣装部屋に入ることは出来ない。

3 伯爵夫人は,ケルビーノを衣装部屋に隔離した後,ドアを開けて,伯爵を室内に入れる。その後色々なやりとりがあり,伯爵夫人は,「ケルビーノは,衣装部屋にいます。女装させるために裸にしたのですが決してやましいことはしていません」と不合理な弁解に終始する。「衣装部屋を開けろ」と伯爵は同夫人に要求するが,夫人はこれを拒絶する。伯爵は,「ドアをぶちこわす。ケルビーノを捕まえたら死刑にする」と述べた上,夫人を伴って,伯爵の間を退出する(スザンナは,目立たない場所に隠れているか,ケルビーノとともに衣装部屋に隠れているという演出が多い)。伯爵は,衣装部屋を解錠するための道具(ピッキング用具? 合い鍵? ペンチ? 詳細不明)を取りに行くために,退出したものである。

4 さて,弁護士として(笑)疑問に思うのは,この場面である。伯爵は自室から退出する際,ドアに鍵を掛けた。つまり,「ケルビーノ」を「伯爵の間」から逃走させないために,鍵を掛けたのである。どうしても,ここは理解できない。
「廊下から部屋に侵入することを防止するため」の鍵というのは,納得できる。しかし,「部屋から廊下に逃走することを防止するため」の鍵というのは,刑務所や留置場等以外には,考えられない。しかも,「伯爵の間のドア」は,「外側からの侵入」と「内側からの脱出」の双方を防止する仕様になっているのである。中世のスペイン(場所は不明であるが,セビリアの郊外?)ではこのような仕様のドアが使用されていたのであろうか?

5 伯爵と同夫人が部屋に戻るまでの間に,ケルビーノはバルコニーから飛び降りて逃走に成功する。その直後,伯爵が衣装部屋解錠用の器具を携え,自室に戻る。その際は,「伯爵の間」のドアはすんなり開くのであるが,これも,少し疑問がある。「伯爵の間」に監禁されたスザンナとケルビーノは,少しでも時間を稼ぐ必要があったはずであり,そうだとすれば,伯爵が自室に戻ることを防止するために,部屋に鍵を掛けるのが自然である。しかし,スザンナもケルビーノもそうしていない。あれだけ機転が利くスザンナにしては,間抜けな対応といわざるを得ない。

6 結論
フィガロの結婚」というオペラは,ある意味「法律オペラ」であり,「中世から近代における婚姻法の変遷」という視点から見て非常に興味深い。10代から50代で「男女関係に問題を抱えている人」の心の機微を楽しむという見地からも面白い。
10代 女
   バルバリーナ
10代 男
   ケルビーノ
20代 女
    スザンナ
20代後半 男
    フィガロ
30代後半−40代 女
    伯爵夫人(夫が遊び歩き,自分をちっともかまってくれないという悩みを抱く倦怠期上流階級夫人)
40代 男 
    アルマヴィーバ伯爵(そこそこの地位と資産・収入があり,これといった仕事もないので夫人に飽きてしまい,10代から20代の女性に興味が移る)
50代 男・女
    マルチェリーナ,バルトロ(この「元夫婦?」が意外にいちばん幸せなのかも知れない)。
50代 男(独身)
    ドン・バジーリオ。遊び人?音楽教師?。私はこの役をやってみたい。無責任な感じがとても良い。