「訴因変更」の実務的・法社会学的考察 アンドロメダの帝王

大学生時代,最高裁の見学があり最高裁の上席調査官が,「民訴法は,実務をやってみないと分からないものだよ」と述べていた。実は,刑訴も同様である。刑訴法学習において,「公訴事実の同一性」は一番難解な部分ではないかと思う。私が受験生当時,田宮裕先生が法学教室で解説をしていて,これが一番わかりやすかったのだが,どうしても,哲学的・基礎理論的なレベルで消化しがたい面があった。

しかし,実務レベルで「教科書に出てくるような」刑訴法の難問にぶち当たることが時々ある(実は,刑法でも同様なことが時々ある)。そういう問題に出くわしてみると,「学生時代悩んでいた基礎理論的レベルの問題というのは,実際はそれほど難しい問題ではない。」ということが分かる。

「公訴事実の同一性というのはどういう場合に問題になるか?」

1 Xという挙動不審な男が,100ギガバイトのハードディスクを保持して,職務質問に引っかかった。不合理な弁解に終始する。

2 近くのパソコンショップに問い合わせをすると,『数時間前に100ギガのハードディスクが万引にあった様子です」との供述を得て,捜査報告書を作成する。

3 逮捕状請求→認容。罪名は窃盗である。

4 被疑者は,あっさりと「窃盗」の被疑事実を自白する。

5 しかし,参考人の供述が悩ましい。

ア 被疑者は萌え系の人で,万引などという大それたことをするはずはないと思います。
イ 被疑者は,怪しげなマーケットに出入りしていて,「これ,6000円で買ってきたんだよ」と私に述べていました(伝聞供述)。
ウ 被疑者は,いつも○○川周辺を散歩しており,「今日散歩していたら,100ギガハードディスクを拾ったんだよね」と不気味な笑みを浮かべながら,私に話していました。
エ (店員供述) 実は銃を持った男が,100ギガのハードディスクを100個ほど強奪しました。警備員が追いかけたところ,強盗団は,ハードディスクを捨てながら逃走し,捕まえることが出来なかったそうです。
オ 被疑者は,私(その筋の人)に対して『おまえ,パソコン屋からハードディスクを100個盗んだそうじゃないか。魚心あれば水心。』と暗に,ハードディスクを1個わけてくれれば,当局にたれ込まないかのようなニュアンスの話をしました。

点でバラバラだ。これら供述からいかなる訴因・罰条で起訴すべきか,主任検事は,悩む。窃盗? 検事パイ? 贓物故買? 占有離脱物横領? 恐喝? しかし,20日で決断しなければいけない。次席と相談して,「しょうがないから,一番手堅いところで窃盗で起訴したら良いんじゃない?」と決済を受け,取りあえず(笑),窃盗で訴因構成し公判請求する。

5 公判において,そこそこ腕が利く弁護人が付く。主要な書証は全部不同意。「ア〜オ」の証人が喚問され,反対尋問でぐちゃぐちゃに粉砕される。

6 裁判官は部屋で記録を検討し,悩む。
取りあえず,検察官に対して,訴因変更の打診をしちゃおうか? でも例の弁護人はズケズケ物を言う人で裁判官の訴訟指揮に対してさえ平気で異議を言う。「談合したんですか? 国賠起こしても良いんですけどねぇ」と暗に当裁判官を恫喝するかも知れない。訴因変更命令なんて強権発動するような心証も形成できてないよなぁ。部長に事実上相談したら,「裁判官は,何事も勉強だよ。裁判員のスローガンも『私の心,私の感性,私の物差しで死刑にします』でしょ。うろ覚えなので,ちょっと違うかも知れないけどね。○○弁護人は,確かに有能だけれども,論理をぎりぎりに詰めたうえで発言している訳じゃないと思うよ。フフフ。まぁ,強気に行っても良いんじゃないかも知れないかなぁ,よく分からないけどね。フフフ」

(以下続く)