法務博士? 法学博士? 学術の蘊奥!!

Barl-Karth2006-03-22

         法学博士・法務博士その外学位の話

最近法曹養成課程が改変された。従前の司法試験制度は暫時縮小され,2−3年の法科大学院教育修了(その後の簡単な新司法試験合格)により,法曹資格が与えられるようになったらしい。
私のような不良弁護士も「リーガルクリニック」ということでロースクール法科大学院)院生(トレイニー)が研修に来た。
本年度,私のところに配属されたトレイニー(ロー・スクール院生)はサービス業の社会体験があり,人当たりがとても良く,事務所にお客さんが来訪すると「いらっしゃいませ」と頭を下げる。成績も「優」評価であった。B/S・P/Lその外の財務諸表を15分くらい眺めると「粉飾決算」を的確に見抜いた。
ボスである私は,もうちょっとぞんざいな感じで,「いゃぁ,○○さんお久しぶりです。今日は雪でしたけど車は大丈夫でしたか? 赤切符切られたら15万円で私選弁護受けちゃいますよ。会社経費で落ちるかも知れないですけどね。確定申告は終わらせましたか? もちろん顧問報酬は全部経費計上してください。源泉徴収していただけましたか?」等々軽口を叩きながら,本題(法律相談)に入っていく。
来年度から司法修習生(旧司法試験合格組)が当地に30人以上押し寄せてくるので,当職も正式な司法修習委員会委員になってしまった。よい子がくれば徹底的に鍛え抜いてあげるけども,やる気のない子がきたら事務員さんぐるみでネグレクトしてやる。
私自身は,修習生時代とても「悪い子」であった。「代々木系の左翼女」と事あるごとに口喧嘩し(「あいうえお」順に座席・机が配列されており,代々木女は,運悪く私の席の直近の右後ろだった),「お前みたいな『腐れマん○』が青法協を牛耳っているのなら,俺は満腔の怒りを込めて徹底的に殲滅・白兵戦を戦い抜く決意である」と暴言を吐いたり,湯島(当時の司法研修所)のバルコニーから「闘う司法修習生同士諸君!!『腐れマん○』青法協の策動・プロパガンダに乗せられてはいけない。こんな馬鹿は腹を切って死ぬべきである。ただ腹を切って済むものではない。私Barl修習生が地獄の業火に投げ込むものである」とアジ演説をやったりした。講義がだいたい午後3時半ころ終わるが,直ちに居酒屋「あいうえお,かきくけこ」・「金太郎寿司」等の飲食店に赴きおいしいものを沢山食べたり,スッチーとの合コンに参加して甘言を弄したり,秋葉原に出向いてカラヤンやグールドのCDを大人買い(2ダースほど)したり等の乱暴狼藉の限りを尽くして,情状酌量の余地は皆無であった
(反省orz)。
これから先,弁護士として食っていくためには,専門知識の陶冶とサービス精神が必須である。
本題に話を戻す。ロー・スクール課程を修了すると「法務博士」という「学位」がもらえるらしいのだ。このようなタイトルが世間様に通用するのだろうか? 良く分からないタイトルだ。
そもそも「博士」というタイトルは,「学術の蘊奥(うんのう)を極めた者」に与えられるものである(明治時代は「大博士」という学位があったらしいが,だれも授与されなかった)。
かの我妻榮先生も東京大学を定年退官遊ばされて,しばらくした後「有斐閣刊行『親族法』」を博士号請求論文として提出せられ,東京大学から博士号を授与されたのだそうだ。
私の恩師H・M先生(現在L大学在職←肖像JPEGとおりテキパキした感じの利発な美人であり,ピアノを弾いたり,バレエを踊ったりされた。卒業記念の贈り物は「青いレオタード」であった。旦那の論評は省略するが,結婚当時,H・M先生は「不法領得の意思」,旦那は「本権説・占有説」の研究に没頭しておられ,現日本刑法学会会長西田先生の媒酌により結婚されたらしい。真偽のほどは保障しない)は専任講師として私の卒業大学に就職する際「博士号」を取得しておられたが,その学位請求論文は,フランス語・ドイツ語・英語・ラテン語の学術文献を渉猟されたきわめて優れたものであった(弟子がこのような不遜な評価をするのはきわめておこがましい)。論文を読みながら「この先生について行けば間違いない」と思った。
私は,今でもH・M先生の學恩を忘れてはいない。刑事弁護の実務に悩むと時々先生に電話して良い文献を教えてもらっている。
私の教会時代の信仰上の姉妹であったY・Mさん(美人)にこの間「自主占有・他主占有で裁判所宛の意見書を書いてくれないかなぁ」と電話で依頼したところ,「今さぁ,ロー・スクールとかでいそがしいのよ。学者が意見書を書いたところで判決に影響があるとも思えないしね。」とつれない返事であった。