平凡平所長の幻の祝辞

Barl-Karth注釈 ある地方都市在住の同業者から,メールで,気に入ったら,当ブログに掲載してほしいとの連絡がありました。何でも,業界雑誌に投稿したら没書になったそうです。


平凡平所長の幻の祝辞

(前注) 本作品は法曹界内部を熟知したもの向けのブラックジョークであり,ある一部の人間に見られる一面を極端にカリカチュアライズしたものであるから,一般の読者におかれては,本作品を読んだだけで裁判所や日本司法支援センターがこういう組織なのだと考えたりしないようにお願いしたい。日本司法支援センターの船出の足を引っ張るようなことは筆者の本意でないことをあえて言明しておく。むしろこうした「病弊」の可能性を意識しながら進まれることにより,すばらしい組織となるであろうことを期待している。

 判事平凡平(たいら・ぼんぺい)は,苦節三十年,ようやく地方の小さな裁判所の所長の椅子を射止めた。庁内で最も日当たりの良い角部屋の椅子に腰掛けていると,沸き上がってくる笑みをかみ殺しきれない。所長の椅子は全国で76(地・家裁兼務庁が多いので,裁判所の数とは合わない。)。同期の判事の人数を考えれば,組織への忠誠心の確保のためには,絶妙な数と言える(喜多村治男判事(当時)著「裁判所の黄昏」『刑事裁判の現代的展開−小野慶二判事退官記念論文集』(剄草書房刊)参照)。人事評価制度の明確化などによって所長の職責は重くなり,「吹きっさらし」のポジションになったなどと言われてはいるが,つい先日まで高裁で記録の山と格闘していた平判事にとって,判決書に追われる生活から解き放たれた開放感は何よりも大きい。幸いなことに当庁には,○○ネットワークなどというけしからん団体に加入していたり,指名諮問委員会の重点審議者になるような「問題児」はいないので,ほっと胸をなで下ろしている。
 平所長の対外的な初仕事は,日本司法支援センターの地域事務所開設式で祝辞を述べることで,挨拶慣れしない平は一生懸命に原稿を用意しようとしているのだが,所長の座に上り詰めたうれしさからか,のぞき込んでみると,ついつい筆が走りすぎているようだ。

 このたびは,司法支援センター「法テラス」の地方事務所開設おめでとう。
 法テラスは何のために作られたのか。スタッフ弁護士や事務職員の皆さんにはこの原点を忘れないで頂きたい。利用者のためではありません。本当は裁判所のために作られたのです。裁判所の窓口に押しかけてくる訳のわからない客の無料法律相談のために,どれほど有能な書記官・事務官の時間が取られていることか。壮大な税金の無駄使いです。こんな訳の分からない「下流社会」の人の下らない話を聞いている暇があったら,要件事実の勉強ができるのに,AプラスB,せりあがり,出直し,アカデミックなめくるめく要件事実の世界を,しっかりお勉強して裁判官の事実整理のお手伝いができるのに,と。裁判所職員はこう思って毎晩泣いていました。法テラスができればこうしたお客様が全部そちらに行ってくれます。裁判所は,エリートである裁判官が裁くにふさわしい,選りすぐられたお客様を相手にすればいいのです。めでたし,めでたしです。
 スタッフ弁護士たるもの,どちらに向いて仕事をしているのかを考えなければなりません。利用者ではなく,お国のため,裁判所のために仕事をしているのだと言うことを忘れてはいけません。よく裁判所の揚げ足を取って喜んでいる左翼小児病的な弁護士がいますが,そんな奴にスタッフ弁護士の資格はありません。裁判官を怒らせても何の得もありません。かえって依頼者に不利益になるだけです。もみ手をして裁判所のご機嫌をうかがう,裁判官が万一間違えたとしても,「今裁判官がおっしゃられたのはこういうご趣旨でございますね」とプライドを傷つけないように優しくフォローする,全知全能の裁判官様,少なくともそうであると国民に期待されている裁判官様のプライドを傷つけない弁護活動。これこそがスタッフ弁護士に期待される「大人」の弁護活動なのです。
 裁判所は予算の乏しい役所です。裁判官もなかなか増えません。弁護士任官も当てになりません。徹夜で起案して法廷に入らなければいけない人も多いのです。裁判官の「いのち」と「くらし」を守ることが大事です。裁判官が過労死しないように協力するのがスタッフ弁護士のつとめです。裁判官の人事評価では事件処理数と処理期間が一番わかりやすい客観的な指標です。国民の立場から見ても,迅速にまさる適正はないのです。裁判官から「今月,赤字で苦しいねん」と言われたら,依頼者を強く説得してでも和解させて事件処理を助けなければいけません。「落としどころ」をわきまえた弁護活動,これもスタッフ弁護士に期待される「大人」の弁護活動です。
 裁判なんて所詮真実はわからないのです。裁判所によっていかにも国民の裁判を受ける権利が守られているかのような「形」を付けることが大事なのです。裁判所にとって一番大事なのは「形」です。「形」さえついていれば,中身は何とかなるのです。国選弁護の報酬がなぜ安いのか。よくお考え下さい。国家財政を破綻させてまで守らなければならない人権がありましょうか。その範囲内でできることをやりましょうという「大人」のルールなのです。
 もちろん,利用者のためにやっているというポーズも大事です。事件を受任させていただくときには,大きな声で「喜んで!!」と言いましょう。
 森鴎外の「最後の一句」という短編があります。主人公の少女の最後の言葉こそが,司法支援センターのキャッチフレーズにふさわしいと思います。「お上のことには,間違いはございますまいから」。この言葉を国民に教え込むことがスタッフ弁護士のつとめであります。
 そうしてスタッフ弁護士を勤め上げれば,弁護士任官でお高いお給料をもらえるようになるのです。是非裁判所に協力的なスタッフ弁護士として裁判所での高い評価を勝ち取って,われわれの仲間に加わっていただきたい。一度高い法壇の上に上がるとやめられません。法廷に来る弁護士が殆ど馬鹿に見えます。実際馬鹿なんだから仕方ありませんが。
 以上をもちまして,「神の国」の大日本司法支援センター「アマテラス」へのはなむけの言葉といたします。

 さすがに平もここまで書いてきて,余りに書きすぎたと思って,握りつぶしてゴミ箱に投げ込んだ。実際に行われた祝辞は,無難かつきわめて退屈なものであったらしい。

後注 森鴎外の名誉のために付言しておくが、「最後の一句」を文字通り読んでは,大学入試にも受かるまい。そうした平所長を笑うのも一興である。