先生! それでもプロか!!(国選弁護)

 当会の所属弁護士は,100人超程度なので,事件の相手方になったり,共同代理人を務めたり,委員会が一緒だったり,飲みに行くと顔を合わせたりという関係で,ほぼ全員が顔見知りである。同業者のキャリア・人柄はもちろん得意分野,訴訟進行のしかた(「紙資源の節約」も考えず分厚い書面を出すか? 環境対策に配慮した「省力主義」か),尋問のやり方等々だいたい手の内を知っている。
 複数被告人の併合事件で,弁護人席で隣り合わせと言うこともときどきあり(「共同弁護人」ではない,業界用語で「相弁護人(あいべんごにん)」という,「誰が一番悪人か」で利害関係が対立することもときどきある)そういう場合もその弁護人の力量・クセというのが分かる。
 「○○被告人は罪数関係を詳細に分析すると,相被告人と違い執行猶予判決を出すことも理論的には可能である。受刑生活は良好で2級まで昇級し,仮釈の可能性もあったのに,蒸し返し的な起訴のおかげで移監を余儀なくされ,何の落ち度もないのに4級(監獄法改正で5級?)に下げられ,工場出役によるストレス解消・報奨金取得の機会もなくなり・・・,」と弁論したら−ともかく罪数関係が各人ごとに異なり複雑−,「そんな理論的可能性を指摘することに如何ほどの実益があるか疑問だ。センセ弁論で,私受け持ちの被告人さんの悪口言わないでくださいよ。確かに,罪数関係上執行猶予はつかないのは事実だけど」とか皮肉を言われたことがある。

 最近そういう「併合事件」で「某国選弁護人」と同席した(当方は私選)。それでもプロか! と叫びたくなる場面が沢山あった。

1 罪状認否と弁護人の起訴状に対する意見がずれた。
 被告人「間違いありません。」
 弁護人「<○○を投げつけ>の部分は,否認します。その他は,起訴状に同意(-_-)します。」
 確かに,被告人の認否と弁護人の意見がずれる場合は,稀にではあるがある(例えば「身代わり犯人」)。しかし,今回の不一致は,明らかに打ち合わせ不足がその原因であった。
 ちなみに当方は,
「被告人 黙秘します」
「弁護人 被告人が黙秘しているので,弁護人としては起訴状に対する意見は述べられません」
「裁判官 「意見が述べられない」というのは,「準備不足で」意見が述べられないのですか? それとも「被告人と同様」と言うことですか?」
「弁護人 準備をきちんとしたうえで「意見は言えない」という意見です。弁護人に黙秘権はないので,「被告人と同様です」というのはおかしいから「意見は述べられない」のです。まぁ,被告人と同様という理解で結構でございます」
という変な展開になってしまった。

2 即席の不同意
冒頭陳述
検察官 「以上の事実を立証するため証拠等関係カード記載の関係各証拠の取調を請求します。」
裁判官 「まず,Barl弁護人の御意見は?」
当職 「(おもむろに意見書を提出←当然期日前に検察官にファックスしている)。意見書の「不同意部分」以外は,取調に同意です。不同意部分について意見書を朗読しましょうか?」
裁判官「(意見書を一瞥したうえ)朗読は省略と言うことでよろしいですね(と検察官に同意を求める)」
当職「乙号証は身上・前科関係を除いて厳密には<取調に異議あり>です。理由は,任意性の問題ですが,次回期日に弁護人の主張を明らかにします」
裁判官「身上調書は取調しますが,前科関係は?」
Barl 「前科関係の取調は,罪体立証の後でお願いします」

裁判官「次に○○弁護人の御意見は?」
○○「甲○○,XX行は不同意(以下同様)」
検察官「甲DDのXX行は同意でよいのですか?」
○○「はい。同意で良いです」
検察官「センセ その部分には「○○がXXを投げつけた」,と書いてあるのですよ」
○○「(やにわに当該書証をめくり始め),じゃ,不同意です」
裁判官「書証の同意・不同意は,その見込みを遅くとも前日までに検察官に伝えてください。乙号証については?」
○○「相被告人の乙号証は当被告人との関係では甲号証になるんでしょうか?」
裁判官「そうですが・・・・・。」(Barl 呆れたためか物も言えない)


Barl 保釈の関係で被告人質問を3−4分お願いします(実施 「逃走しない。証拠隠滅しない。事件関係者と接触しない。柄受け人の監督に服する。勾留中病気が悪化しつつある」等)。

この時点で弁論分離(被告人は退廷し,Barl弁護人は傍聴席へ移動)。

裁判官 「検察官,不同意部分についてはどうされますか」
検察官 「撤回します」(不同意部分−何かを投げつけた−立証のための証人請求はしなかった。人ごとながら良かった)。
裁判官 「検察官立証はこれで終わりですが,弁護人立証は?」
○○  「被告人質問と情状証人○○」
(書記官が何か用件があった様子で離籍する。ソ○トボ○ル大会の練習の段取りではないかしら?)

3 弁号証(書証)取調請求のお作法を知らない
Barl(バーの外から) 「センセ! 書証の取調請求は?」
○○ 「・・・・・」
裁判官 「相弁護人とよく相談してください」
(Barl→○○弁護人 「ですから,<書証取調を請求します。>とちゃんと言って。証拠の標目,立証趣旨,採用されたら要旨の告知です。検察官に事前にファックスしたんですか? 弁号証!!)

書記官が入廷する。
○○ 「(「はいこれ」等ともごもご(こもごもではない)と言いながらだらだらと弁号証を書記官に渡す。これじゃ,証拠取調請求になっていないのだが・・・)」
書記官 「(弁号証を検察官に見せる)」
検察官 「はぁ。・・・・・これとこれとこれは同意します」
書記官 「(何事かをつぶやきながら(たぶん「これ書証請求みたいです。」とか・・・)。やりきれない態度で同意済み提出予定弁号証を裁判官に渡す)」

裁判官 「同意書証ですが,これでは,何を立証したいのか分からないので,本日は採用できません−提示命令があったのかなぁ?−」

4 証人との打ち合わせ不足
証人入廷
○○弁護人 「それでは私からお聞きします」
裁判官 「ちょっと待ってください。まだ先生が住んでいないのでまだ宣誓が済んでないので」(証人宣誓)

○○弁護人 「酒はやめさせるのですか」
証人 「やめさせます」
傍聴席のBarl(「酒をやめる・やめさせる」ほど信憑性のない証言はないのだ。事前打ち合わせをしてないからこういう薄っぺらな立証になったんだろう。「断酒のために○○病院に通院させるくらい」のことは言わないと・・・。
情状証人(裁判官補充尋問) 「共犯者の○○とは今後とも友達づきあいしても良いと思います」
○○弁護人「(アフターフォローの尋問なし)」←ありゃりゃ「交友関係を改めようともせず,関係者による監督は期待できない」とか峻烈な論告が目に浮かぶ。

5 期日続行
 最近は,「検察官の口述能力助長・裁判員裁判」とかで,検察官の「冒頭陳述・要旨の告知」等が長くなることがしばしばある。実際立会検察官は,何かにつけてゆっくりと抑揚を付けて,ヴィジュアルな朗読等をしていた。その影響や,○○弁護人のもたつき等のため,被告人質問ができないまま「期日続行」となった。私が弁護人であれば,検察官に対して,「もう少しテキパキやってくれ,今日中に結審したい」と文句をたれる。


6 保釈の見込み
 当該弁護人は,第1回期日の終了が金曜日の4時以降になるのにもかかわらず,−しかも即席で書証の一部不同意! 被告人質問未了,弁護人提出書証取調未了−今日中に保釈許可決定が出て,保釈金を納付すれば今日中に釈放されると説明していた様子で,閉廷後,被告人関係者から「○○○○」と詰め寄られていた。一部不同意証拠のマスキングで手間取るし,検察官の意見書なんて,5時少し前なんだから出るわけないだろ。
 当職も相弁護人なので,被告人関係者と同席した。
 「センセ 今回の事件処理は,医者で言えば盲腸の手術みたいなもんですよ。ところがセンセは盲腸の手術に2時間も掛け,しかも小腸と動脈を切断してしまったようなもんです。弁護人にとってはルーティーンワークなのでしょうけど−それを失敗するとは呆れて物も言えないけど−被告人や証人にとっては,一生に一度の大手術を受けるようなものです。ちゃんと打ち合わせをしないからこんなことになるのですよ。」 と相弁護人に述べた。

結論
 刑事訴訟法・同規則に定められた「訴訟行為」はほとんど「口頭要式行為」である。換言すれば,「徹底した形式美」の世界といって良い(バロックやゴシック芸術の世界と似ている)。だから,三島由紀夫は団藤重光博士の刑事訴訟法に心酔し,形式美をひたすら追い求めた作品を残したのだよ。そういう形式美・お作法の理解は,刑事弁護人の必須科目なのだ。美的感覚のない弁護士は,刑事弁護人をやるべきではない。