没書になった答弁書(富山大学弾圧事件)

 共同弁護人の西村先生の要請により,検察官控訴趣意書に対する答弁書を起案して,西村先生にメールを送ったら,「いかがなものか」「ちょっと躊躇します」と批判されてしまった。
 私は,過激派の党派に入っていないのだが,西村先生から,「センセの答弁書過激すぎるので修正しますのでよろしく」と言われたのは,ちょっと,修正主義的だなぁ。と思った。

平成21年(う)第49号 
建造物侵入
被告人 武藤篤範
答弁書
2009年11月19日
名古屋高等裁判所金沢支部第2部 御中

主任弁護人 弁護士 西村正治
弁護人 弁護士 Barl-Karth(高島章)

 上記被告事件について,検察官作成の2009(平成21)年9月30日付け控訴趣意書謄本の送達を受けたが,これに対する弁護人らの答弁は,下記のとおりである。

第1 答弁の趣旨
 検察官の控訴趣意は,要するに,被告人を罰金5万円に処した原判決は軽きに失し,懲役刑が相当であるというものであるが,論旨は理由がなく,検察官による本件控訴は棄却されるべきである。

第2 はじめに
 本件は,被告人からも控訴がなされており,そもそも,被告人を罰金5万円に処した原判決は,誤っている。御庁に対しては,あくまでも無罪,あるいは公訴棄却を求めるものである。本答弁書は,量刑不当を理由とする検察官控訴に対応して,やむなく提出するものであって,被告人に対する有罪,罰金刑判決を是認するものでは決してなく,「懲役刑(仮に執行猶予であれ)よりは,罰金刑の方が少しはマシ」という趣旨で,検察官控訴を批判するものであることを念のためお断りする。後述する「原審判断は正当である」との記述も上記のような限りで,原審判断が「懲役刑よりマシ」という意味である。

第3 被告人の行為から見て,懲役刑は失当であること
1 懲役刑の本質
 懲役刑は,社会的・道徳的見地から見て,道義的非難に値する犯罪に対して,科せられるべき刑罰である。懲役受刑者に対して,「所定の作業(刑法12条 定役)」が課せられるのも,刑務作業により,被告人に「苦役」を課して,犯罪行為に対する反省・悔悟・矯正させるという趣旨である。
このような本質を持つ「懲役刑」は,社会的・道徳的見地から見て道義的非難に値する,かつ,定役による「矯正教育」が可能な,いわゆる「破廉恥犯」に科せられるべき刑罰である。
 逆に,このような道義的非難に相応せず,いわゆる「破廉恥犯」でもなく,かつ,「矯正教育」が奏功する見込みもない,いわゆる「確信犯」に対して,懲役刑をもって臨むことは,「懲役刑」の本質に相応しないものというべきである。
( 検察官控訴趣意書も「被告人は(中略)まさに矯正不能の確信犯である-8頁-」と自白している)。
 内乱罪に対して禁固刑をもって臨む現行刑法から見ても,このような刑罰思想は,我が刑法が採用しているところである。


2 原審説示
原審は,被告人の行為を「今こそ資本主義を倒す革命やろう!」とのビラを配布する目的でであり,「被告人は,(中略)政治的信条や意見を表明しようと(中略),確信的に本件に及んだもの」と説示している。
つまり,原審は,本件を「政治的確信犯」と認定しているものであり,その限りにおいて,原審は,本件行為の本質を捉えており,正当な説示である。

3 結論
(1) 被告人に対して懲役刑を科することは,上記した「懲役刑の本質」,原審の正当な事実認定から見て誤った選択というほかない。罰金刑(未決勾留算入)の原審判決は,幾分かはマシであり,その限り,原審判決は,正当である。
(2) 本件行為が内乱罪として公判請求され,禁固刑の求刑があったとすれば,被告人は,幾分かは納得するかもしれない。しかし,破廉恥犯として,懲役刑を求刑されても到底,被告人は納得しないであろう。
被告人は,現行の資本主義体制,ブルジョア刑法を全面的に否定しているものである。このような被告人に懲役刑を科しても無駄であろう。被告人が懲役刑に服役したら,今度は,刑務所内でアジ演説・ビラ配布・出役拒否闘争(ストライキ扇動)に打って出ることは明らかである。また,被告人に懲役刑を科しても,被告人が全然反省・悔悟しないことは明らかであり,「教育刑」を本質とする現行刑法によって被告人を処罰することは,不合理きわまりない。
 行刑当局も被告人の処遇に手を焼くばかりか,血税の無益な費消である。
高橋和巳が小説「悲の器」において,世界的刑法学者正木典膳の口を借りて述べているとおり,「革命家」・「確信犯」に対して,ブルジョア刑法が定めた刑罰は,「無効」なのである(正木典膳のいわゆる「確信犯不処罰論」)。

http://d.hatena.ne.jp/tamappi/20040511/1143110031

悲の器―高橋和巳コレクション〈1〉 (河出文庫)

悲の器―高橋和巳コレクション〈1〉 (河出文庫)



第4 未決勾留について
1 検察官控訴趣意書は,未決勾留が6ヶ月以上にわたっていることを罰金刑の量刑理由とした原審判決を論難している(11頁)。
2 証拠隠滅のおそれも,逃走のおそれもない被告人に対して,6ヶ月以上の未決勾留をした原審の判断は,そもそも誤っている。それ故,「被告人に本件の証拠隠滅や逃走のおそれがあったからこそ勾留を要した」などという検察官控訴趣意は,根本的に誤っていることは贅言を要しない。この点は,原審における高島弁護人の第1回公判における意見陳述,保釈請求書を参照願いたい。

http://d.hatena.ne.jp/Barl-Karth/20090218
3 仮に100歩譲って,未決勾留が正当なものであった-すなわち罪証隠滅・逃亡のおそれがあった-としても,これを「刑の選択」に斟酌することは,極めて当然のことである。検察官の立論が成り立つならば,およそ「未決算入」などあり得ないことになろう。
まして,被告人に対する未決勾留は6ヶ月以上に及び,罰金刑算入は,「5000円×10日」に過ぎない。不算入の分を「おつり(約100万円)」として,被告人に給付するのが当然ではないか。

第5 立川マンションビラまき事件
1 有名な「立川マンションビラまき事件」であるが,高裁による罰金刑が確定している。同事件との均衡から見ても,被告人に対する罰金刑判決は,幾分かマシであり,原判決は,その限り正当である。
2 住居(建造物)侵入罪の保護法益は種々論じられているが,居住者のプライヴァシー保護や「私生活の平穏」が重要な法益であることは疑いない。
(1) この見地から見ると,市民の私生活・プライヴァシーの根城であるマンションへの「密かな」「侵入」は「保護法益侵害の程度」が高い。
(2) これと比較すると,被告人の行為は,オープンスペースである「大学キャンパス」への「侵入」であり,プライヴァシーや市民の私生活の平穏という法益侵害を論ずる余地は皆無である。保護法益侵害といえば,(刑法学説上議論の余地がある)「家宅権-Hausrecht-(団藤刑法綱要各論増補版403頁以下)」「建物管理権」の侵害に過ぎない。
上記の点は,原判決も「大学敷地は,公共施設として相当程度の開放性,公開性を備えており,管理権の在り方や要保護性の度合いは,個人のプライバシーや私生活の平穏に直接関わる人の居宅等のそれとは根本的に異なる」と説示しており,適切な判断である。
(3) 以上のとおり,被告人の保護法益侵害の程度,同種事案との均衡から見ても,(被告人が有罪であるとしても)原審判決は,正当である。

第6 富山大学内における同種行為との均衡
 原審における市川証言から明らかなとおり,富山大学キャンパス内においては,宗教勧誘・アルバイト募集等々のビラ配布の目的で「侵入」している「学外者」が相当数存在している。これらの学外者はビラを受領した学生に甘い言葉を掛けたり,しつこく付きまとったりしているものと思われる。しかし,そのような行為は事実上「お目こぼし」となっている。この見地から見ても,被告人の行為を懲役刑に問うことは,刑罰の均衡・公平の見地から見て,相当でない。

第7 結語
被告人に対して,罰金5万円を科した原審判決は,到底承伏しがたいものであるが,しかし,懲役刑に比べれば,幾分かマシであり,その限りにおいて,原判決は正当である。
 したがって,検察官による控訴は,すべからく棄却されるべきである。