特別抗告(裁判員違憲論)

被告人 XXXXXXX
平成22年4月23日
最高裁判所 御中
特別抗告申立書
弁護人 弁護士 郄島 章

 被告人に対する強制わいせつ致傷事件について,平成22年4月21日新潟地方裁判所がした「本件については裁判員の参加する合議体でこれを取り扱う。」との決定は,不服につき,特別抗告を申し立てる。

申立の趣旨

1 最高裁判所に対し,原決定を取り消し,「本件について,裁判員及び補充裁判員を選任せず,本件を裁判官3名の合議体で審判する。」との裁判を求める。
2 新潟地方裁判所に対し,「本件抗告について最高裁判所の裁判があるまで当庁の決定の執行を停止する」との決定を求める。
最高裁判所に対し,「本件抗告について当庁の裁判があるまで新潟地方裁判所の決定の執行を停止する」との決定を求める。

申立の理由

第1 原審決定の存在について
1 平成22年4月21日午前10時から,本件に関する公判前整理手続が,新潟地方裁判所において実施された。
同手続において,当弁護人は,山田敏彦裁判長に対し以下のとおり発問した。
 平成22年1月29日,申立の趣旨を「本件について,裁判員及び補充裁判員を選任せず,本件を裁判官3名の合議体で審判する。」とする意見書を提出したが,これに対する決定をする予定はないか。
 これに対し,同裁判長は,
 その予定はない
旨回答した。
2 続いて,当弁護人は,
裁判所は,本件を裁判員の参加する合議体で取り扱う意向であるものと理解して良いのか。
と発問したところ
 同裁判長は, 
 そのような理解で結構である。
旨回答した(以下この回答を「本件回答という」)。
3 本件回答は,刑事訴訟法上の「決定」に該当するものと理解すべきである。
本件回答が裁判所の決定に該当するか否かは議論の余地があるが,弁護人は,本件回答は「決定」に当たるものであり,したがって,抗告が可能であるものと解する。その理由は以下のとおりである。
(1) 裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(平成16年法律第63号,以下「裁判員法」という)は後に述べるとおり,憲法違反の疑いが濃厚である。
(2) 被告人にとって,これらの憲法問題を裁判所に提起し得ること,また,本案裁判が始まる前(裁判員による公判廷の開始前)に争い得ることが必要である。
(3) しかるところ,本件回答を「決定」に該当するものと理解しなければ,御庁に対する特別抗告の道もふさがれることになる。
(4) 本案裁判の始まる前に被告人の不服申立が認められるべき事例としては,刑訴法第22条等がある。
(5) 原審裁判所の本件回答は「裁判員裁判は,合憲である」旨の裁判所の心証を先取りするものである。そのような心証を有している裁判所(職業裁判官)に対して,本案審理において弁護人が,「裁判員制度違憲である」旨弁論しても,本案判決においてその主張が受け入れられないことは火を見るより明らかであり,したがって,「裁判員法廷」における審理・判決は,是非とも避けるべきものであり,裁判員による本案審理が開始される前に,上訴審における救済・是正の必要がある。
(6)  上記したとおり,当弁護人は,意見書により裁判官のみの裁判を求めたのに対し,裁判所としての決定をしない旨裁判長が示唆したことになる。これは決定をしないと言う不作為により抗告の機会を失わせるもので不当であるから,不服申立は許されるべきである。
(7) (以上の主張を補充するものとして【疎明資料1】(大久保太郎元東京高裁部総括判事からのファクシミリ連絡を援用する)。

第2 裁判員制度違憲
 裁判員制度憲法に違反すると思料する理由は,上記意見書で述べたとおりであるが,念のため,再度主張する(若干補訂を加える)。
憲法80条1項違反
 裁判員法の定める裁判員制度は,一般国民に裁判官の権限を持たせて裁判に参加させる参審制の一種であるが,憲法には第6章「司法」その他に参審制についての規定が全くなく(陪審制についても同様)裁判官の任命方法,任期,身分保障等について専門の裁判官のみを予定しているところから,憲法は参審制すなわち裁判員制度を容認するものではないと解するのが相当である。
 特に,裁判員法によれば,裁判員(補充裁判員を含む。以下同様)はくじで選ばれた裁判員候補者を母体として,その中から具体的な事件ごとに,くじその他の方法により選任されるが,裁判官とともに裁判に関与し,評議においては裁判官と同等の評決権を有するとされているから,裁判員は,実質的には裁判官に他ならない。このことは,憲法80条1項の「下級裁判所の裁判官は最高裁判所の指名したものの名簿によって内閣でこれを任命する」との規定に明白に違反する。
憲法37条1項違反
(1) 公平な裁判所違反
 裁判員は,その氏名も住所も公表されず,判決に署名もせず,判断に全く責任を問われることのない者であり,しかも裁判外の情報により判断を左右する裁判員がいることは避けられず,このような者が参加した裁判所は,「憲法37条1項が被告人に保障する「公平な裁判所」と言うことはできない。
(2) 迅速な裁判違反
ア 本件強制わいせつ致傷事件について,公判請求されたのは,平成21年9月16日である。しかるに,本件は,本日現在,正式な公判期日の指定さえなされていない。本件は,事実関係に争いのない事案であるのに,7ヶ月以上被告人は勾留されているのである。これは,文字どおり,「迅速な裁判違反」と言うほかない。
イ このような憲法違反は,本件被告人のみならず,新潟地方裁判所に公判請求された被告人全部に言える事態である。この点は,疎明資料2(「裁判員裁判の進行状況 新潟県弁護士会)を参照願いたい。本日現在,新潟地裁には,25件の裁判員対象事件が公判請求されており,うち7件は昨年度に公判請求されたものである。ところが,同裁判所において,判決言い渡しに至ったものは1件のみ,公判期日の正式な指定に至ったものは3件のみである。
ウ そればかりではない。上記したような迅速な裁判に違反する現象は,本件被告人・新潟地裁係属事件だけでなく,日本全国に及んでいるのである。
 最高裁刑事局の統計によれば,平成21年末までに起訴された裁判員裁判対象事件1,154件のうち,既済は142件であった(平成21年11月末までに終局した対象事件82件については,受理から終局までの平均審理期間が136日,上記時点での未済事件のうち公判期日が指定済みの232件については,受理から終局予定日まで平均190日くらいとのことであった)。年末時点で既に1,000件以上が未済という状況である。
エ このような状態では,裁判員裁判対象の係属事件は,滞留に滞留を重ね,ついに破産状態に至ることは火を見るより明らかである。
憲法76条3項違反
 評議に関する裁判員法67条によれば,裁判官3人の意見又は裁判官2人(裁判官3人の中の過半数)の意見よりも,裁判員らの意見が多数のゆえで優越する場合がある。例えば,裁判官3人が有罪の意見であっても,裁判員5人が無罪の意見であれば結論は無罪となり,裁判官2人が無罪の意見であっても裁判官1人裁判員4人が有罪の意見であれば,結論は有罪となる。これは,裁判官が裁判員の意見に拘束されることを意味し,憲法76条3項の「すべて裁判官は,その良心に従ひ,この憲法及び法律にのみ拘束される」との規定に明白に違反する(この規定にいう「法律」には,違憲のものが含まれないことは当然である)。
憲法32条違反
 憲法32条は,「何人も,裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」と規定する。この規定に言う「何人も」のなかには刑事被告人も含まれるが,ここに言う「裁判所」とは,憲法第6章「司法」その他の規定に適合したものを意味することは当然である。ところが,裁判員法の定める裁判員の参加した裁判所は,以上に述べたように憲法に違反するものであり,しかも,裁判員法上,被告人はこのような裁判所の裁判を拒否し,裁判官だけによる裁判を求めることはできないから,裁判員法は,憲法32条の保障を侵害するものという他ない。
裁判員候補者及び裁判員等の基本的人権の侵害
 国民は,基本的人権として自由権,苦役に服させられない権利,思想及び良心の自由,信教の自由,財産権の不可侵等が保障されている。裁判員法は,裁判に参加したくない者を含めて国民に裁判参加を義務づけているものであり,この点も違憲という他ない。この点については,【疎明資料】(新潟県弁護士会裁判員裁判実施の延期に関する決議」を援用する。
6 検察官意見書に対する反論
当弁護人の前掲意見書について,検察官は反論の意見書を提出しているが,失当である。この点については,【疎明資料】(西野喜一新潟法科大学院教授からのファクシミリ連絡)を援用する。
7 結論
 以上から,裁判員法は,その全部が憲法違反であるから,本件を裁判員によって審理することは相当ではない。したがって,本件については裁判員を選任せず,裁判所法26条の規定に従い,裁判官3人で構成する合議体で審理することが相当である。
第3 執行停止の必要性について
 以上縷言したとおり,本件については,裁判員による公判手続が返しされた後は,到底取り返しがつかない事態となる。したがって,そのような事態を避けるべく,原審及び最高裁判所に対して,原審決定の執行停止を求めるものである。
第4 付言
 御庁においては,傍論であっても良いから「裁判員裁判制度の合憲・違憲性」について,判断を示していただきたい。本申立について「原審は刑訴法上の決定をしておらず,本件抗告は不適法」との判断があるかもしれないが,そのような判断がなされた場合,原審において裁判員法上の何らかの決定(例えば,公判手続の指定等)があり次第,再度御庁に対して特別抗告を申し立てる予定であることを付言しておく。