弁護士(会)の対応は?

 日弁連も地方単位会も「(法務省・裁判所と共に)推進」ということになっている。
 弁護士は,少なくとも本音は「消極」である。
 「消極」を2個に分類すると,「潰してしまえ派」と「出来ちゃったものは仕方がない派。出来ちゃった子は殺すわけにも行かないから大切に育てて頑張ろう派」に分かれる。「積極推進派」は日弁連幹部などごく少数というのが実情。そういう問題が日弁連会長選挙での争点となっている。
 年末に「会誌」のための座談会をやったが,「推進派」的発言をしたのは,K弁護士くらいだった。
 検察官出身弁護士が意外に反対論者である。刑事手続の実情を知っているからだろう。

弁護士の対応体制は?

 お寒い限りだ。古参の弁護士は裁判員裁判など担う気もないし,やれないだろう。従来の裁判は,「弁論要旨」を書くぐらいで済んだが,裁判員裁判(公判前整理手続)では山ほど書面を書かないといけない。恐らく,大部分の弁護士は,「書き方」さえ知らないだろう。
 若手の弁護士は良く知らないが,「書面の書き方」・「弁論の仕方」を修得しようとする者がどれくらいいるのか,疑問なしとしない。
 私は,模擬裁判の弁護人役を押しつけられたり,現実の裁判で(公判前・期日間)整理手続を2回ほどやっているから,一応はやれる。正直言ってやりたくない。

従来の弁護人の仕事より難しくなるのか?

 格段に難しい。色々な縛りが出てくるから。「争点明示義務」があるといわれているが,被告人が接見のたびに言い分をころころ変えたら,争点明示など出来るわけがない。従来の刑事手続では,争点をぼかしながら,公判ごとに争点を提示していくというやり方がある程度許されていたから,格段にやり難い。「後出し証拠禁止」も弁護人の手足を縛る。
 公判では「オーラルバトル能力」「オーラルコミュニケーション能力」が求められる。しかし,そういう戦闘能力がある弁護士がどれくらいいいるかというと,実は少ない。これらの戦闘のためには高度の学力が必要だ。変な言い方だが「学力が筋肉化」してないと使い物にならない。分かるだろうか?
 たとえば「伝聞法則」を完全に理解し条文が頭の中に入っていないと,法廷における戦闘に勝てない。そういう点から見ると,最近の若手法律家の学力低下は,遺憾である-伝聞の基礎的考察が全然出来ていない-。

被告人の利益

 裁判員裁判が実施されると従来の裁判より「有罪・無罪」「量刑」でブレが出てくる。だから,弁護人の力量によって,この点が左右されることが多くなる。
 じゃぁ,腕の良い刑事弁護人を依頼できるかというと,はっきり言って,貧困層には無理だ。
 私は,整理手続を経る事件,無罪を真剣に争う事件(これまでの成果は完全無罪1件・弁護人5名着手金報酬合計1000万円程度,一部無罪−輸入罪から所持罪へ認定落ち−1件 弁護人3名 高裁で2名,着手金報酬合計数百万円),嫌疑不十分で落とす事件(捜査段階の弁護人3名・通訳人2名・手数料通訳人込み120万円,ぎりぎりで執行猶予をねらう事件など場数を踏んでいるが,複数の弁護人を選任し,100万円以上の着手金を頂いている事件が年に数件ある。これくらいもらわないと,事務所経営を維持できない。
 裁判員裁判が実施されると,現在の傾向はより助長されるだろう。「有能な代打」を雇うには金がかかる。裁判員裁判は,賭場みたいなもので,成果を得るためには「有能な代打」が必要なわけだ。貧乏人は博打をしても勝てない。要するに「判決を金で買う」みたいな話になるかも知れない。なんか寒いね。

国民の負担

 死刑存置論者であっても自分が死刑判決に関与するのはいやだろう。廃止論者であれば尚更だ。思想良心の自由から問題がある。
 某大学教授が「裁判員から遁れる方法」を書いている。「裁判員になりたい」と思う人はどんな人か? 「暇人」・「裁判マニア」だろう。そんな人を相手にするのは裁判官も弁護人も被告人も検察官も厭なものだろう。

裁判員裁判で誰に利益があるのか?

 被告人喜ばない。弁護人喜ばない。裁判官喜ばない。裁判員喜ばない。検察官喜ばない。被害者喜ばない。国民喜ばない。喜ぶのは,法務省幹部と一部の学者だけだろう。金持ちの被告人が喜ぶかも知れない。

裁判員は,ついていけるか?

 無理。「逮捕と起訴の違いも分からない。警察と検察の違いも分からない。代用監獄も分からない」というのが一般国民の実情だろう。うちの妻(一応国立(こくりつ)大学を出ているピアノ教師)だって分からないんだよ。「特信書面」「共犯者の自白の危険性」「自白の任意性・信用性」「弾劾証拠」「伝聞供述」などといって国民が分かるだろうか? 実は僕も良く分からないし。
 最高裁は「法律の知識がなくても裁判員はやれます」と宣伝しているけど,詐欺か少なくとも悪徳商法のたぐいという他ない。正義の番人がこんなことやって良いのだろうか?

刑事弁護委員会

 同日,単位会の刑事弁護委員会があった。さすがに守秘義務があるので詳しく書けないが「裁判員裁判受任者名簿をどうするか」で悩んだ。だまし討ち?(笑)
 「今日,朝日新聞から取材があったのだ」と述べたら,「中立で色のついてないコメンテーターが良いだろうに」と誰かから言われた。

記者への忠告

 現場の司法記者レベルの問題じゃないのだけれども,「裁判員推進キャンペーン」みたいな提灯記事はいい加減やめたらどうか? 「ネタもらいたい」というのが辛い立場だろうけどね。そのうち大恥をかくよ。
 朝日は,最近「日弁連会長選挙」の件を書いてくれたので,トレンドが変わっているのかなと思っている。「裁判員に対する疑問」を書いているのは,むしろ「産経」とか「諸君」とか「正論」みたいなところじゃないのか?

ゼネコンが喜ぶ?

 庁舎の新改築や裁判員推進キャンペーンでゼネコンや通が喜ぶかも知れない。コンメンタールを販売する出版業者ももしかすると喜ぶかな?
 普通,税金を投入すれば,景気が良くなるのだが,せいぜいこの程度の経済効果しかない。裁判所書記官検察事務官への残業手当(弁護士事務所事務員? どうだろうね?),裁判員への日当が日本経済を良くするとは思えない。
 有能な東証一部上場企業従業員が,裁判員裁判のために休暇を取ったら日本経済は計り知れない損失を被るだろう。日本経団連はその辺を分かっているのだろうか?